鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

初めての友人なるか?同室の希美

 

 女性指揮官が、寮の女性用食堂で、生活指導を厳しい言葉で説く。
 今までの、家での生活とは理由が違う。

 空気は張り詰めて、皆が緊張している。
 
 鎖子には寮生活での規律など、柳善縛家での生活と比べれば、優しく温かいものとしか感じなかった。

「三十分後に、部屋で着替え、訓練場に集合!」

 割り当てられた部屋に荷物を置いた後に、体力テストがあるという。

 一人ずつ呼ばれ、鍵を渡され部屋へ向かう手順なのだが……。

 一番最後に呼ばれた鎖子の前で、指揮官が少し困惑の表情をしている。

「九鬼兜鎖子。本来であれば、貴女の家の階級であれば一人部屋を与えられるはずなのですが……」

「はい、なにか問題が?」

「二人部屋の指示がきています。こちらから確認を今からしますので、少し待ちなさい」

 しかし数十分経っても、回答は得られないようで女性指揮官も困り果てているようだ。
 この数十分の遅れは、予定表に大きく響く。
 これは愛蘭の嫌がらせだろうか?
 
「あの、私は二人部屋でも大丈夫です。問題ありません」

 愛蘭や取り巻きは、個室部屋になるのだろう。
 彼女たちから離れる事ができるのならば、鎖子にとっては不都合はない。

「しかし、鍵を渡してしまえばもう変更はできません。そういう決まりです」

「はい。変更は必要ありませんので、問題ありません」

 一ヶ月で、屋敷から通学する予定であるし、あの汚い女中部屋で長年暮らしてきたのだ。
 それに比べれば、この宿舎は綺麗で素敵にさえ思える。

「それではこの鍵を。時間を取りましたが、集合時間に遅れないように」

「はい!」

 皆が怖いと怯えている女性指揮官も、柳善縛家の意地悪な女中達に比べれば優しく思える。

 しかし集合時間は待ってはもらえない。

 鎖子はボストンバッグを持って、急いで部屋へ向かった。

「誰かと同室なんて初めてだけど、きっと大丈夫だわ」

 屋根と布団があれば良いとは思ったが、二人部屋の相手は気になる。

 でも、今自分を包んでくれる軍服、刀、ボストンバッグの中身も全部、要からのプレゼントだ。

 心も身体も、要に守られていると思うと、何でも乗り越えられる気がする。

 静かに相部屋の扉を叩いた。

「はーい! 先に入ってまーす! 開いてますよ~!」

 軽く明るい声が聞こえてきた。
 なんだか聞き覚えが? と思う。

「失礼します。あ……っ」

「どうも~。って、あ。えぇー!? 九鬼兜様、ですよね。さっき少しお話したー!」

「はい。先程はご挨拶もせずに失礼致しました。九鬼兜鎖子と申します」

 鎖子はボストンバッグを床に置き、深々と頭を下げる。

「ひゃ! 部屋をお間違えですよー!? 上級華鬼族の皆様は上の階の一人部屋ですよっ!」

「いいえ、こちらだと伺って参りましたので大丈夫です」

 鎖子が微笑んで、鍵を見せる。

「本当だ……じゃあ私と同室?」

「はい、一ヶ月だけなのですが、その後も訓練で泊まる事は多々あるかと思いますのでよろしくお願い致します」

 また鎖子が深々と頭を下げる。

「よ、よろしくお願い致しますっ! 私は波野希美(なみの・きみ)です!」

 二人で深々と頭を下げ続け、ふふっと笑いあった。

 部屋は洋室で入口の正面真ん中に窓が一つ。

 ベッドが両脇に2つ。

 その横に机が一つずつ。
 簡素な作りだが、風通しもよく、掃除もされている。

 ベッドの指定がされていて、鎖子はボストンバッグを机に置く。

「素敵なお部屋ですね。すごく素敵です」

 鎖子の微笑みに、希美がニヘラっと笑う。

「あはは! 私もそう思ったんですよーー! 地味だけどいいお部屋!!」

「わかります」

 二人でニコニコと微笑みあった。
 希美が、緊張がほどけたようにジタバタとあちこち動き回る。

「わぁ~ほんと美人だし、意地悪じゃないし、いい香りだし……すってきー!!」

「えっ」

 褒められる事などなかった鎖子は、希美の反応に驚いてしまう。

「これから、仲良くしてくださいね~!」

「もちろんです」
 
「ねぇーー! やっぱ敬語を使うべき? なんか偉そうなのがいたんですよぉ」

「えっ……私には使う必要はありませんよ。私はこういう喋り方の方が慣れているので……でも波野様はご自由になさってください」

「ほんと上品だなぁ~ありがと! 希美でいいよ!」

「希美さん、ありがとうございます。私も鎖子とお呼びください」

「えへへ鎖子ちゃん! 希美さんじゃなくて、希美ちゃんでいいよぉ」

「じゃあ……希美ちゃん。ふふ。あ、時間が迫っております。急ぎましょう!」

「やばい! 遅れたら腕立てだよ!」

 二人は訓練着に着替えて、すぐに訓練場へ向かった。
 初日だというのに、体力測定のあとにしっかり軍人としての体力訓練も受けた。

 走り込みに、筋肉強化訓練が続く。
 
「ハァ……ハァ」
 
 鎖子も長年の栄養不足と睡眠不足もあって、持久力があまりないのを実感している。
 それでも、下手な成績を残したくないと必死に頑張った。

「鎖子ちゃん、だいじょぶ? きついねー」

 希美は、訓練場の土の上に横たわって動けずにいる。

「希美ちゃんも、大丈夫ですか? 先ほど転んだ時に怪我をされたのでは……?」

「いや、イテテ……ちょっと膝を打撲かな。初日から情けないよね」

「治癒しますね」

「え……」

 鎖子が手を当てて、詠唱する。

「な、治った……すごい。鎖子ちゃん、治癒術が使えるんだね。ありがとう~!」

「役に立てて、痛みが治まってよかったです」

 鎖子としては、当然のこととしてやった治癒術だったのだが、それを見ていた女性指揮官に呼び出されてしまった。

「さこ……九鬼兜隊員は、何も悪いことはしてないんです! 私の怪我を……」

「波野隊員に、術を施したのは私が勝手にしたことです!」

 お互いをかばいあったが『上官の呼び出しに口答えをするな!』と一喝されてしまった。

「いいから、来なさい」

 そう言われて鎖子は、指揮官の個室に緊張しながら入る。

「九鬼兜鎖子。あなたの素晴らしい力は称賛に値します。ですが訓練期間中は勝手に能力を使うことは禁止されていますので、今後は使わぬように。怪我をした者は治療室へ行くように指導します。もちろん処罰の対象にはなりません」

「も、申し訳ありませんでした」

「まだ把握していない能力があったため、明日の朝は個別に能力測定をします」

「承知しました」

「……それと、これは規律に反することになってしまうのですが……」

「……?」

「その椅子にかけて、待っていなさい」

 言われた通り、椅子にかける。
 先ほどまでの練習と焦った冷や汗で、流れた汗を拭うが、一体何が起きるのだろうか?

 女性指揮官は立派なデスクの上にある卓上電話で、何か誰かと話を始める。
 
 この前の叔父の電話を思い出す……。

「えぇ。今代わります。九鬼兜鎖子こちらに来なさい」

 女性指揮官に手招きされた。

「えっ? は、はい!!」

「こちらで話を。九鬼兜要少佐です」

「えっ……」

 まさかの名前に立ち上がり、指揮官の机まで駆け寄った。

「私は部屋をでますので、あとは少佐の言う通りに会話しなさい」

「は、はい……!」

 女性指揮官はすぐに部屋を出て行った。
 慌てて受話器に耳をつける。

『もしもし。こちら九鬼兜要だ。鎖子か?』

「も、もしもし……! 要様……!」

 要の優しい声が、耳に聞こえた。
 

 
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