鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~
愛しい電話時間
受話器から聞こえたのは、愛しい人の声。
まさかの出来事に胸が高まって、涙が溢れそうになる。
「要様……!」
『あぁ、俺だ。元気か? まだ式で初日だが、調子はどうだ? 体力測定で疲れただろう? 大丈夫か』
何よりも鎖子の事を気にかけてくるのが伝わってくるが、要の身体の方が鎖子は心配だった。
「要様、ご無事でしょうか?」
『無事だ。心配をかけてすまない。作戦完了で基地には戻ったんだが、屋敷にはまだ帰れていない』
「こんなに長く……お怪我はなくとも、お疲れなのでは……」
『軍人とはこういうものだ。心配をかけてすまなかった』
「いいえ……お手紙をわざわざ、ありがとうございます」
軍人の妻として、静かに待たなければいけなかった。
でも、要は手紙までくれて、そして電話まで……。
『鎖子はどうだ? あいつらに何もされていないか?』
「はい」
『あまりに理不尽な事をされたのならば、上官に報告するんだぞ』
「はい」
優しさに溢れた言葉。
鎖子は涙を拭う。
『どうした? 大丈夫か?』
「要様のお声を聞いたら……安心して……嬉しくって……」
『俺もだ……鎖子』
「要様……要様……あぁ……要様」
声を聞くたびに愛しさが溢れ出す。
『あまり可愛い声を出すな。会いたくてたまらなくなる』
「わっ……私も……早く要様に、会いたい……です」
『鎖子……』
「……会えたら……会えたら」
『会えたら?』
「え、いえ……なんでも……」
『会えたら、沢山抱きしめて頭を撫でてやる……口づけも沢山してやる……それ以上のことも、沢山しような』
「! は、はい……っ」
心臓が跳ね上がる。
『はは、俺も馬鹿な事を言うようになったものだ。……なぁ、鎖子』
「はい」
『俺はお前の存在を感じるんだ』
「え?」
『縛られている側だからだろうか?』
「呪術紋の……」
『あぁ、そう。丹田の、そこから何かお前の存在をかすかに感じる……俺の妄想か』
「わ、私が……要様のことばかり考えて、お腹に触れてしまうからかも……す、すみません……」
今もそっと、撫でてしまっていた。
『そうか。じゃあこれからも頼む』
「え?」
『俺もお前のことを考えているから』
「か、要様……」
『演習後には、迎えに行けるようにする。では、もう切るぞ』
別れの時間、胸がキュッと苦しくなる。
「要様……!」
『どうした』
「だ、大好きです」
『あぁ、俺もだ。愛している。では、また』
電話は切れた。
身体中が熱い。
胸が苦しいくらい。
でも、身体中を心を包み込む嬉しさと喜び。
一瞬で、要との会話を繰り返し思い出す。
沢山の愛の言葉に、放心してしまいそうだがノックの音で我に返った。
「は、はい!」
「失礼、約束の時間です」
「はい、電話は終わりました。ありがとうございました!」
女性指揮官が、顔を真っ赤にしながら深々と礼をする鎖子を見て微笑む。
「いえ、今回は特例です。九鬼兜少佐には、以前に世話になった事がありましたので……でも今後このような取次はできませんし、他言無用です」
「はい! 承知致しました」
「それでは、貴女は一階の二人部屋なので大浴場で汗を流してから、食堂で夕飯を頂きなさい」
「はい。ありがとうございます。失礼します」
また深々と礼をして、部屋を出る。
「耳が熱い……胸も……お腹も……やだ、私」
外はもう暗くなってきている事に気付き、慌てて自分の部屋へ戻った。
「鎖子ちゃん、大丈夫だったー!?」
部屋へ戻ると、希美が待っていた。
すぐに鎖子へ駆け寄る。
「待っていてくださったんですか?」
「そりゃー私のせいで連れて行かれちゃったようなもんだしぃ! ごめんねぇ!」
「いいえ、希美ちゃんのせいではありませんので気にしないでください。心配かけてしまって申し訳ありませんでした……でも、とても素敵なこともあったので……」
「へー素敵なこと!? よかったね」
深くは聞かずに、希美は微笑んでくれた。
そんな些細なことだが、鎖子はすごく嬉しくなった。
自分の気持ちを尊重して、喜んでくれるなんて、そんな女の子がいるだなんて……と。
「あ、ありがとうございます……」
「なーに、お礼なんか言うことじゃないよ。私達同じ部屋の友達でしょ! さぁお風呂行こうー!」
「友達……」
「そうそう! 早く支度支度!」
「は、はい!」
鎖子が微笑むと、希美も笑った。
初めてのお友達が、できた!
それでも軍の寮。
女子二人でも、笑いながら廊下を歩くことはできない。
風呂の時間も決められていて、二人で慌てて大浴場で身体を洗う。
お腹の呪術紋が見られてしまわないか不安もあったが、女子は自分の身体を洗うのに必死。
誰も鎖子の身体など見ていないので、安堵した。
髪を乾かして、宿舎の中で着るために支給されたシャツとズボンを身に着けた。
「上流様は、個室でシャワーがあるらしいよ」
「そうなのですか。随分対応が違うのですね」
だから愛蘭達はいないのだ。
こんな風呂に大勢で入ることになったら、愛蘭は大騒ぎするだろう。
静かに素早く、食堂へ向かって移動する。
「食堂も別らしいよ? つまり食べる物も違うってこと! 私だって一応鬼華族なのにぃ……めっちゃ田舎の……だけどさ~鎖子ちゃんは文句言わないの? ご飯だけでも豪華にしてもらえば?」
「そんな、私はご飯一膳あるだけでも、ありがたいです」
「えー!! 鎖子ちゃん……もしかしていびられてる? 大丈夫?」
希美が不安そうな顔で、鎖子を見た。
「あ、九鬼兜家では、あの……大事にしてもらっています」
「赤くなった!? うわぁ新婚さんなんだもんねー! 愛し合っての結婚なんだぁ~いいなぁ!」
希美の遠慮ない追撃に、更に真っ赤になってしまう。
でも否定できないし……と困る鎖子を見て、希美はまた笑う。
「ふふふ、なんか寮生活なんて散々な感じかな~って思ってたけど、鎖子ちゃんと楽しく恋愛話できそうで嬉しいさ~」
「希美ちゃん、私も嬉しいです」
「九鬼兜の王子様との惚気話聞かせてー!」
騒がしい! と怒られてしまった二人だった。
食堂では先に入った順に配られ、各々が席に座って食べ、部屋へ戻るようになっている。
食事も栄養バランスが考えられた立派なもので、何一つ不満はない。
上官のいない時間。
会話も多少は許されており、希美と談笑する。
楽しいお友達との食事。
こんな寮生活が待っているとは信じられない気持ちだった。
しかし……。
鎖子の盆に手が伸びて、味噌汁の椀が床にぶちまけられた。
「あら~クサ子お姉ちゃ~~~ん。こんなとこにいたの~?」
愛蘭だ。