鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~
鎖子対愛蘭
厳しい寮生活のなかで、癒やしの夕飯時間。
食堂の床に鎖子の味噌汁がぶちまけられ、汁と具が散らばる。
顔を楽しそうに歪ませる愛蘭。
「ちょっと……なにしてんの!?」
希美が驚いて文句を言おうとしたが、横に立っている愛蘭の子分に『田舎者は黙ってな』と恫喝された。
「愛蘭……」
彼女達は支給の生活服ではなく、個人で用意した服を着ている。
「クサ子って、下級者や一般人と同じ軍隊服着てるから、誰かと思っちゃった~~」
笑い声が響く。
「愛蘭、落としたお味噌汁を片付けて」
「はぁ~? あんたが片付けるんでしょ!?」
「此処はもう実家ではないのよ。清掃は清掃員さんがするの。でもこれは貴女がわざとにこぼした。食堂の方に謝ってすぐに掃除をして」
「クサ子、何様のつもり!?」
今までなら、蹴られながら鎖子が跪いて片付けていた。
学校では教師もいじめに加担していたこともあって、泣きながら片付けたこともあった。
だが今は……。
九鬼兜要の妻として、毅然な態度をとらなければいけない! そう強く思う。
「何様とか立場は関係ないの。どうして、お味噌汁を床に捨てたの? って聞いたのよ」
「えっ」
「私のお味噌汁を何故、捨てたの? これは帝国から支給されたご飯なのよ。貴女が感情のままに、無駄にしていいものではないのよ」
「うっ」
「食堂の方に謝って、すぐに掃除をしてちょうだい」
「クサ子~~~~!! 貴様ーーー!!」
「私は、九鬼兜鎖子です。そんな名前の子は、もういないの」
愛蘭の顔が真っ赤になって睨んでくるが、鎖子は怯えることなく手を合わせた。
「ごちそうさまでした。食堂の方に伝えておくからしっかり掃除をしてね。私の妹として、恥ずかしくない振る舞いをしてください」
鎖子が立ち上がって、お盆を持つ。
「行きましょう。希美ちゃん」
「あっうん! ごちそうさまでしたーー!」
希美はすでに食べ終わっていたので、すぐに一緒に立ち上がる。
愛蘭は怒りに震えながら、子分達に命じて椅子を蹴飛ばし食堂から出て行った。
鎖子は食堂の職員に伝えて、希美と二人で出て行く。
ちらりと振り返ると、子分達が味噌汁を片付けているのを見て、安堵する。
食堂に残っていた他の生徒達は、ヒソヒソと話をしていた。
「ひぇーなんなの!? あの女! 最低なんですけど! 鎖子ちゃん、めっちゃかっこよかったね!」
部屋に戻ってすぐ、希美が大声で話す。
「かっこいいだなんて全くです。……あの子は私の義妹なんですけど、ずっとずっとやられっぱなしでした」
「えっ義理の妹!? 全然! 似てないよ!」
「私は旧姓は柳善縛です。あの子は柳善縛愛蘭。私、早くに両親を亡くして、叔母夫婦に引き取られて……彼女はその娘なんです」
「あぁ~そういうの聞いた事あるよ。五大家の……。なるほどね~あれが金剛将暉の婚約者かぁ……複雑だねぇ」
「私はもう、九鬼兜家に嫁に出ましたし……もう関係ありませんから」
「そっか……」
「でも、彼女達が希美ちゃんに何かしてこないかは心配です。なので……あまり私に関わらない方が……」
「まぁ大丈夫でしょ! 何かあれば上官に言うし、地方華鬼族舐めんな! だから鎖子ちゃんも何かあったら言ってよね」
「はい。希美ちゃんも何かあったら私に言ってくださいね」
「うん! あと帰ってからも、たまには寮に来てよ~!」
希美に抱きつかれて、びっくりしてしまったが鎖子は微笑む。
「はい! 訓練と主人の留守に合わせて、泊まりに来ますね」
「ん~いい香り……なんで同じ石鹸使ったはずなのに、いい匂いするんだろ~鎖子ちゃん」
「ど、どうしてでしょうか」
「鬼妖力なのかなぁ~」
二人で少し談笑し、寝る支度をして二十ニ時には全体就寝。
愛蘭への対応を思い出して、少し胸がざわついたが、自分は間違っていないと思い直す。
そして要からの電話を思いだした。
ベッドの中で、一人思い出し、身体が熱くなる。
『俺はお前の存在を感じるんだ』
『これからも頼む』
お腹の呪術紋に触れる。
意識すると、確かに、感じる。
相手の鬼の力を喰って縛り、減退させる執行官……。
母からの伝承もなく、鎖子にもこの能力の疑問が多々ある。
執行官が、一人だけに罰を与えるわけではないだろう。
複数人の男を抱いていたら……この呪術紋はどうなっていたのだろう。
でも、そんな悍ましい事態から要が救ってくれた。
だから今は、この呪術紋は要との繋がりだけ……。
呪いなのに、罰なのに、遠く離れた愛しい人を想い繋ぐ、鎖。
そして厳しい訓練が始まる。