鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

穴の底の恐怖・要戻る

 真っ暗な洞窟の中に、更に闇深い巨大な穴。

「……こ、こんな穴があるとは聞いていない」

「金剛隊長、引き返して報告をしましょう」

「だが……まだ指定された級の妖魔を封印していないんだぞ!? 俺の評価に関わる!」

「この奥から、すごい妖気が感じるんじゃなーい!? 誰か此処の中に入って確認してきたらいいわ!」

「なっ!?」

 愛蘭の無邪気どころか、邪気の溢れる提案に、一同がギョッとする。

「さ、さすがに、それは無理ではないですか」

 隊員の一人が、声を絞り出す。
 一歩ずつ、皆が後ずさっているのだ。

「そりゃ、あんた達なんかに無理だってわかってんのよ! でも……ほら、ここには有能な御方がいらっしゃるじゃない~?」

「あ、愛蘭……さすがの俺も、この穴に入るのは……」

 将暉の元へ歩みよる愛蘭に、将暉も顔を引き攣らせる。

「愛蘭……?」
 
 隣にいた鎖子は、自分の場を愛蘭に譲ろうと動いたが……。

「あんたの事だよ! 有能なんでしょ~~!? クサ子お姉ちゃんはさぁあああああ!!」

 ドン! と愛蘭に思い切り突き飛ばされる。
 愛蘭に比べて、細身の鎖子はフワッと宙に浮いた。

「鎖子ちゃん危ないーーー!!」

「九鬼兜隊員!」

 希美と将暉や他隊員の叫び声が洞窟に響く。
 そこに愛蘭の笑い声も続くはずだったのだが……。

「くっ……!」
 
 鎖子の手から、鎖が伸びる!
 それは鎖子による思念の鎖だった。

「ぎゃっ!?」

 それに絡まれた愛蘭は、鎖子と共に真っ暗闇な穴へ落ちていった。

「あっ愛蘭まで……落ちた……」

「鎖子ちゃんーーーーーーーーー!!」

「九鬼兜隊員ーーーー!!」

「非常事態だ!」 

 全員の絶叫が響いた。
 希美が、ランタンの光を穴にかざしたが、何も見えず愛蘭の叫びが響くだけだった。
 
 
 数秒後、穴の底。

「ぎゃあああああいやああああああ!!!」

 愛蘭の絶叫が響き渡り、鎖子は眉をひそめた。

「愛蘭、もう穴の底についているわ……気をしっかりもって。怪我もしていないはずよ」

「ひぃ!?」

「もう叫ばないで……無駄に妖魔を呼び寄せるわ……静かに」

 鎖を地面に叩きつける事で、地面に叩きつけられずに着地することができたのだ。

 鎖子は人差し指を、口元にしぃーっと静かに愛蘭に言った。

「く、鎖……」

 鎖子は愛蘭の目の前で、使った事は一度もなかった。

「貴女も柳善縛家の人間なのだから……知ってるでしょう? 貴女もできるかもしれない。学んだ事はない?」

「わ、私は柳善縛の穢らわしい力なんか大っ嫌いなんだよ!」

 柳善縛家の財産を食いつぶしているくせに、叔母と二人でずっと馬鹿にしてきたのを知っている。

「……そうね……」

「なんで私まで巻き沿いにしたわけ!? 絶対に許さない! 戻ったら断罪してもらうからなぁ!」

「貴女が私を突き落としたからでしょう。咄嗟に掴んでしまったの。戻りたいなら、さぁもう立ち上がって愛蘭、死にたいの?」

「し、死……?」

 二人の周りには、色濃く深い闇が揺らめく。

「夜明けまで、まだ数時間……助けが来るのも麓に救助要請をして……いつになるかわからない……私達だけで生き延びなければいけないのよ」

「ま、将暉がすぐに来てくれる!」

 愛蘭が上を見るが、星のように小さな光がたまに見えるだけだ。
 誰かがランタンを上でかざしているのだろう。

「無理よ。訓練生が飛び降りれば、落ちて死ぬだけ。彼はそんなことしないと思う……さぁ立って。まずは結界を張って、様子を伺わないと……」

「ぐぎぃっ……」

 泣き出して何もしない愛蘭。
 その横で、鎖子は結界石を囲むように五つ置く。
 
 まだ周りに、妖魔がウヨウヨいるわけではないようだが……。
 下手に明るくすると標的になる。
 ヒカリゴケのような淡く光る蛍光物質を、結界内にバツ印に垂らす。
 そして、自分と愛蘭のマントにもかけた。
 
「な、なに!?」
 
「目印よ。助けが来た時にね……」
 
「……あんた、なんなの!? 実戦経験があるの……?」

「……あるじゃない。貴女に嵌められたのはこれで二回目だもの」

 鎖子自身も、穴の底で真っ暗闇のなか。
 恐怖で、手が震えそうになる。
 でも……九鬼兜要なら、こんな時にも冷静に、任務をこなすはずだ。

 そして自分は、彼の妻。
 みっともなく泣き叫んで、震えているわけにはいかない。

 その気持ちが、鎖子を動かす。

「私は、こんなところで死ぬわけにはいかないの」

 あの人に生きて、また会いたい――。

「ざけんなぁ! 私だってそうだ! 私みたいな女の子が、こんなところで死んでいいわけないでしょ! 私を巻き込んで絶対に許さない!」

「……私は一人ならば、鎖の力で上に戻れるかもしれない……」

 鎖子は上を見上げる。
 鎖を放って、登っていけば……鎖子一人なら逃げられるかもしれない。

「は?」

「でも、貴女を一人で置いていけば……どうなるかわかる。だから私は此処で貴女と戦うけれど、きっと貴女にとっても試練になると思うわ」

「くっ……何がしたいわけ!? このクサ子がぁ!!」

「……そろそろわかってほしいの……人を傷つけようとすれば自分に返ってくるって……さぁ、生きて帰りたいなら、結界を強化して!」

 まずは身を潜め、この場の妖魔達をさぐる事だ。
 鎖子は背負っていた荷物から、迷彩模様の毛布を取り出した。
 

 ◇◇◇

 その頃、九鬼兜家屋敷に一台の馬車が止まる。
 真夜中だが、岡崎や梅が出迎えた。

「今、帰った。悪いな丑三つ時の帰宅で」

 要が玄関前に降り立つ。
 
「おかえりなさいませ要様。大変にお疲れ様でした」

「あぁ、ありがとう。鎖子は今日が最終日か。赤竹山での夜間演習だったな」

「左様でございます。本日朝には演習を終了撤退し、夕方には寮での解散とのことです。寮までお迎えに参りますか」

「あぁ、そのつもりだ」

 当然のように頷く要。
 岡崎が嬉しそうに微笑んで要を見る。
 その視線に気づいた要。
 
「なんだ」

「仲睦まじい御夫婦で、岡崎は嬉しゅう思います。鎖子様もお帰りをずっとお待ちしておりましたので大層お喜びになるでしょう」

 隣で、梅もうんうんと頷く。

「……罰なのにな……」

「鎖子様はなんの罪もございません。そして要様にも罪を償う必要があるとは私どもは思いません」

「そうか……」

「さぁ、鎖子様のために少しお休みください」

「あぁ。風呂に入って少し寝……」

 要の動きが止まる。

「要様……?」

「……電話を入れる。鎖子に何かあった気がする。馬車はそのままにしてくれ。すぐに出る!」

「は、はいっ!」

 要はすぐに電話がある、自分の書斎へと向かう。
 ただならぬ雰囲気を感じ取った岡崎は、皆に指示を出した。
 
 
 
< 47 / 78 >

この作品をシェア

pagetop