鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~
触手の妖魔
愛蘭はただ毛布に包まり、結界の中でガタガタと震えている。
洞窟内を照らせば、『餌が此処にいる』と教えるようなものだ。
鎖子は革手袋をしっかりと嵌め直し、立ち上がる。
「ど、どこ行く気っ!」
「この穴を探索してくるわ。この膨大な妖魔の気……この中のどこにいるのか、把握してできるならば殲滅しなければ」
「む、無理に決まってる!」
小声で怒鳴る愛蘭。
「救助隊が来たとしても、討伐が無理なほどの妖魔なら、退避を皆に伝えなければいけないもの」
「なによそれ……」
「此処は空気も薄くて危険だわ……私達のために皆を無駄死にさせられないでしょう」
「ふ、ふざけんな! 私が生き残るんだ! 何人死んだって、私は生き残る!!」
「……だから生き残る確率を上げるためにも、把握しに行くの」
「ク、クサ子! テメーなんなんだよぉ!!」
「私は……九鬼兜要の妻です」
目が慣れてきた鎖子は、落ちていた木の棒に蛍光塗料を塗って、わずかな光で洞窟内を歩いた。
上空の穴からは、なんの応答もない。
半数は救助を求めに行ったのだとはわかるが、半数が上にいても刺激をするわけにはいかないと迷っているのだろう。
愛蘭には強気に話してはいるが、本当はとても恐ろしい。
首筋に当たる風が、妖魔の牙に変わって食いちぎられるかもしれない。
ビリビリと感じる妖力は、この先から流れてくる。
不思議なことに、小さな妖魔などは一匹も見当たらない。
雑魚妖魔が塊になって、この大きな妖力を発しているのかと思っていたのだが……。
「……洞窟の地面に陥没が起きて、この穴が空いた……天井が開放されたのに、一匹も出てこないのは何故?」
地面は、かなり石や岩が転がっている。
全て苔などついていなく、新しく落ちたもののようだ。
「崩落して穴ができたのは……つい最近……? そういえば地震が数週間前に起きたと聞いたわ……」
自分の小さな声が、まるで誰かの声のように遠くなって、近くなって自分に聞こえてくるようだ。
もっと、もっと、精神を研ぎ澄ませないと……。
小さな妖魔が無数にいるわけではなさそうだ。
巨大な妖魔が一匹いるのではないか……そう思って今はその一体を見極めようとしている。
「でも……何か動いている……」
シュルシュル……と、何か動く音と気配がする。
そして微かな妖気の動き。
要の刀を握りしめる。
「沢山動いているのに……全部同じ妖気? ……どういうこと……?」
不意に、海水の香りがした。
深い、水底の匂い――潮の香り。
「来る!!」
刀を構え、飛んで向かってくる何かに、自らの鎖を放ちぶつけた。
「ぎゃああああああ!!」
叫び声は愛蘭だ。
「愛蘭!?」
見つかってしまえば、暗闇で動く必要はない。
何かを弾き返したあと、鎖子は鎖を翻し、投げた火打石と燃焼札で一気に辺りを照らした。
「いやぁああああ!!」
愛蘭が青紫色の触手に、絡みとられている!
「……なに、これは……!!」
鎖子が、刀を構えて触手に向かって一刀する。
ドサリと、洞窟の地面に落ちる愛蘭。
「ぐはぁ! はぁ! はぁ! なにこれ! やだやだ!!」
触手の体液が、愛蘭の顔や身体中にまとわりついている。
「刀を構えて戦って愛蘭! ……此処の近くに、昔は海と通じていた塩水の湖があると聞いたことがあるわ……!」
シュルシュル……シュルシュル……と二人の周りを探るように蠢く複数の触手。
「み、湖……?」
「そうよ……これは……」
ドン! という地面からの強い衝撃に二人の身体が宙に舞う。
「蛇? 違う……蛸型の妖魔……!」
「ぎゃあああああああ!! いやぁあああああ!!」
愛蘭はすぐに刀を落とし、そのまま妖魔の触手に絡め取られて、宙に持ち上げられた。
「愛蘭!!」
鎖子は刀を構えて、瞬時に触手を切り落とす。
ぬめりで刃が滑りそうになるが、刀の切れ味と鍛錬の成果で一刀両断できたのだ。
「私の後ろへ下がって!」
「ひっひぃいいい!」
愛蘭の泣き声と共に、妖魔の絶叫が響き渡る。
鎖子は、更に洞窟内を灯りで照らした。
洞窟が揺れ、妖魔の本体が現れる。
まるで蛸のような頭に、無数の目。
触手は、この蛸型妖魔から伸びる八本の足だったのだ……!
「みんな見て! 鎖子ちゃんがいたよ!! 鎖子ちゃん! 今、助けを呼んでる!! えっ!? なにあれ! 蛸!!」
頭上からも声が聞こえる。
希美達だ。
しかし、ただ声のみ。
彼らが加勢に来ることは不可能だろう。
「愛蘭! しっかりして! 戦って!」
「いぎゃああああ!!」
愛蘭は正気を失っている。
戦力にはならない。
彼女を結界で守り、鎖子は本体へ向き直る。
「負けるわけにはいかない……!」
伸ばしてくる触手を、鎖子の鎖で薙ぎ払う。
禍々しい妖気だけでも吐き気がする。
自分がどれだけぬるま湯につかってきたか、思い知る。
妖魔が、金属音のような叫び声を上げた。
湖の底の主が、できた穴に迷い込んできたのか。
それとも、巣に落ちてしまったのか。
眠りを覚ました代償は、命を捧げることになってしまうのか。
鎖で弾けなかった触手の一本に足を絡みとられて、宙吊りにされる。
「きゃっ!」
「ぐぁあ……」
愛蘭は失禁したのか、湯気の中呆然としていた。
その背後から愛蘭も触手に襲われ、締め付けられる。
「ぐっ……ま、負けないわ……私は……要様の……お嫁さん……なんだから!」
宙吊りにされながらも、鎖を伸ばして振りほどこうとするが、手足に伸びていく触手。
何度か刀で切りつけもするが、宙吊りにされて力が出ない。
腰にまで伸びて、鎖子の身体が締められる。
「んっ……苦しい……」
唇を噛んで、必死に刀を振るった。
うまく酸素が吸えなくて、意識が遠のいていく。
「……かな……め……さま……」
もう、ここで終わり?
その時、雷のような閃光が走った。
洞窟内を照らせば、『餌が此処にいる』と教えるようなものだ。
鎖子は革手袋をしっかりと嵌め直し、立ち上がる。
「ど、どこ行く気っ!」
「この穴を探索してくるわ。この膨大な妖魔の気……この中のどこにいるのか、把握してできるならば殲滅しなければ」
「む、無理に決まってる!」
小声で怒鳴る愛蘭。
「救助隊が来たとしても、討伐が無理なほどの妖魔なら、退避を皆に伝えなければいけないもの」
「なによそれ……」
「此処は空気も薄くて危険だわ……私達のために皆を無駄死にさせられないでしょう」
「ふ、ふざけんな! 私が生き残るんだ! 何人死んだって、私は生き残る!!」
「……だから生き残る確率を上げるためにも、把握しに行くの」
「ク、クサ子! テメーなんなんだよぉ!!」
「私は……九鬼兜要の妻です」
目が慣れてきた鎖子は、落ちていた木の棒に蛍光塗料を塗って、わずかな光で洞窟内を歩いた。
上空の穴からは、なんの応答もない。
半数は救助を求めに行ったのだとはわかるが、半数が上にいても刺激をするわけにはいかないと迷っているのだろう。
愛蘭には強気に話してはいるが、本当はとても恐ろしい。
首筋に当たる風が、妖魔の牙に変わって食いちぎられるかもしれない。
ビリビリと感じる妖力は、この先から流れてくる。
不思議なことに、小さな妖魔などは一匹も見当たらない。
雑魚妖魔が塊になって、この大きな妖力を発しているのかと思っていたのだが……。
「……洞窟の地面に陥没が起きて、この穴が空いた……天井が開放されたのに、一匹も出てこないのは何故?」
地面は、かなり石や岩が転がっている。
全て苔などついていなく、新しく落ちたもののようだ。
「崩落して穴ができたのは……つい最近……? そういえば地震が数週間前に起きたと聞いたわ……」
自分の小さな声が、まるで誰かの声のように遠くなって、近くなって自分に聞こえてくるようだ。
もっと、もっと、精神を研ぎ澄ませないと……。
小さな妖魔が無数にいるわけではなさそうだ。
巨大な妖魔が一匹いるのではないか……そう思って今はその一体を見極めようとしている。
「でも……何か動いている……」
シュルシュル……と、何か動く音と気配がする。
そして微かな妖気の動き。
要の刀を握りしめる。
「沢山動いているのに……全部同じ妖気? ……どういうこと……?」
不意に、海水の香りがした。
深い、水底の匂い――潮の香り。
「来る!!」
刀を構え、飛んで向かってくる何かに、自らの鎖を放ちぶつけた。
「ぎゃああああああ!!」
叫び声は愛蘭だ。
「愛蘭!?」
見つかってしまえば、暗闇で動く必要はない。
何かを弾き返したあと、鎖子は鎖を翻し、投げた火打石と燃焼札で一気に辺りを照らした。
「いやぁああああ!!」
愛蘭が青紫色の触手に、絡みとられている!
「……なに、これは……!!」
鎖子が、刀を構えて触手に向かって一刀する。
ドサリと、洞窟の地面に落ちる愛蘭。
「ぐはぁ! はぁ! はぁ! なにこれ! やだやだ!!」
触手の体液が、愛蘭の顔や身体中にまとわりついている。
「刀を構えて戦って愛蘭! ……此処の近くに、昔は海と通じていた塩水の湖があると聞いたことがあるわ……!」
シュルシュル……シュルシュル……と二人の周りを探るように蠢く複数の触手。
「み、湖……?」
「そうよ……これは……」
ドン! という地面からの強い衝撃に二人の身体が宙に舞う。
「蛇? 違う……蛸型の妖魔……!」
「ぎゃあああああああ!! いやぁあああああ!!」
愛蘭はすぐに刀を落とし、そのまま妖魔の触手に絡め取られて、宙に持ち上げられた。
「愛蘭!!」
鎖子は刀を構えて、瞬時に触手を切り落とす。
ぬめりで刃が滑りそうになるが、刀の切れ味と鍛錬の成果で一刀両断できたのだ。
「私の後ろへ下がって!」
「ひっひぃいいい!」
愛蘭の泣き声と共に、妖魔の絶叫が響き渡る。
鎖子は、更に洞窟内を灯りで照らした。
洞窟が揺れ、妖魔の本体が現れる。
まるで蛸のような頭に、無数の目。
触手は、この蛸型妖魔から伸びる八本の足だったのだ……!
「みんな見て! 鎖子ちゃんがいたよ!! 鎖子ちゃん! 今、助けを呼んでる!! えっ!? なにあれ! 蛸!!」
頭上からも声が聞こえる。
希美達だ。
しかし、ただ声のみ。
彼らが加勢に来ることは不可能だろう。
「愛蘭! しっかりして! 戦って!」
「いぎゃああああ!!」
愛蘭は正気を失っている。
戦力にはならない。
彼女を結界で守り、鎖子は本体へ向き直る。
「負けるわけにはいかない……!」
伸ばしてくる触手を、鎖子の鎖で薙ぎ払う。
禍々しい妖気だけでも吐き気がする。
自分がどれだけぬるま湯につかってきたか、思い知る。
妖魔が、金属音のような叫び声を上げた。
湖の底の主が、できた穴に迷い込んできたのか。
それとも、巣に落ちてしまったのか。
眠りを覚ました代償は、命を捧げることになってしまうのか。
鎖で弾けなかった触手の一本に足を絡みとられて、宙吊りにされる。
「きゃっ!」
「ぐぁあ……」
愛蘭は失禁したのか、湯気の中呆然としていた。
その背後から愛蘭も触手に襲われ、締め付けられる。
「ぐっ……ま、負けないわ……私は……要様の……お嫁さん……なんだから!」
宙吊りにされながらも、鎖を伸ばして振りほどこうとするが、手足に伸びていく触手。
何度か刀で切りつけもするが、宙吊りにされて力が出ない。
腰にまで伸びて、鎖子の身体が締められる。
「んっ……苦しい……」
唇を噛んで、必死に刀を振るった。
うまく酸素が吸えなくて、意識が遠のいていく。
「……かな……め……さま……」
もう、ここで終わり?
その時、雷のような閃光が走った。