鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~
助けの光・2
山の麓では、岡崎が馬車と一緒に待っていた。
「岡崎、待たせたな」
「要様……! 鎖子様! ご無事で! さぁお早く馬車にお乗りください」
岡崎が、珍しく感情的に大きな声で二人を出迎えた。
「岡崎さん! 要様が、救護隊の手当を受けてくださらなくって」
怪我を負っているのに、要は表情も体勢も崩すことなく、穴から鎖子を連れて出た後も報告をして此処まで降りてきた。
「要坊ちゃまは、そういう御方です。本当に毎度、心配でどうにかなってしまいそうです」
馬車の前で、岡崎はため息をつく。
つい、幼い頃からの要を思い出したようだ。
「岡崎。坊ちゃまはやめろ。大丈夫だ。鎖子。俺は他人に手当をされるのは嫌いなんだ……夕方には鬼妖力も回復して、簡易的な治癒術くらいは……」
「では、私がします!!」
泣きながら、鎖子が大声で言った。
「さ、鎖子」
普段は大人しい鎖子が、大声を出したので要も驚く。
「私は、他人ではありませんので、問題はありませんね!?」
「でもお前も、治癒術を今使ったら……」
「大丈夫ですし、大丈夫じゃなくても使います! 岡崎さん、特殊救急箱はございますか!?」
「もちろんございます。それでは馬車の中ではの治療は、鎖子様に任せ致しますね」
「はい! 早く馬車の中へ、座ってくださいませ要様……!」
「わ、わかった」
鎖子の気迫に押されて、要が馬車に入っていく。
「軍服を脱いでくださいませ、お早く!」
「あ、あぁ」
鎖子は車内のライトを付け、すぐに救急箱を開ける。
「鎖子、お前は大丈夫なのか? 俺より先に自分を……」
「大丈夫です!! 上は全て脱いでくださいませ!」
いつもの鎖子の何倍も大きな声に、要はまた驚く。
「お前のほうが……」
「大丈夫なんです、私なんか……なにも……あぁこんなに……お怪我をなさって……」
鬼人は、怪我の治りは早い。
でも、要の身体の無数の傷からは血が滲み、滴り落ちている。
まずは、傷を消毒しなければ……。
ガーゼで優しく、傷を拭き取っていく。
「任務からの傷もある。気にすることはない」
「気にします……!!」
そう言いながら、鎖子の瞳からボロボロと涙が溢れる。
こんなはずではなかった。
しっかり演習を務めて、しっかり役目を終えて、要の元へ帰るはずだった。
自分では何もできずに、結局は要を傷つけただけだった。
涙が溢れて、溢れて、要の傷さえ滲んで見える。
「すみません……私……何もできずに……情けなくて……ご迷惑ばかり……」
「何を謝ることがある。よく頑張ったな」
ガーゼを持った手を優しく握られた。
「……要様……」
「俺の傷なんか、どうでもいい。ほおっておけば治る。お前の方が俺は大事で心配だ」
「私のほうが、どうでもいいのです。私のことなんか気にしないでください。要様の怪我が心配です」
馬車の中の椅子に腰掛け、向かい合っていた二人。
グイと、引っ張られて上半身裸の要に抱き寄せられる。
「鎖子は意外に強情だ」
「す、すみません」
「ふふ、俺達は似た者夫婦なのかもな」
「えっ……そ、そんな……」
要は、鎖子を抱いたまま離さない。
「あの妖魔に触れられたところは、本当に大丈夫か」
触手に触れられた部分は、救護隊に診てもらい拭いて消毒してもらった。
内出血している箇所もあったが、毒の反応はなかったので要の治療が終わったあとに……と思っていた。
「はい」
「帰ったら……一緒に風呂に入らないか」
「えっ……」
「お前に触れるのは、俺以外許さない。そうだろう?」
「は、はい……」
「俺が洗ってやる……」
トクン……トクン……と要の素肌の胸元に抱かれて、鎖子は安心感に包まれる。
それでも、彼の腕から流れる血の匂いが鼻をくすぐる。
「……それならば傷の手当てを……しっかりしませんと」
「あぁ。じゃあしっかり手当てをすれば……一緒に風呂に入って、いいんだな」
「……は、はい……」
「うん。しっかり手当を受ける。そして電話での約束を果たそう」
要は笑って、鎖子の頭を優しく撫でる。
電話での約束……。
会えたら沢山、抱きしめて頭を撫でて、口づけも……それ以上のことも、沢山する約束。
そして風呂……? と改めて考える……。
要に洗われる? と今更に、脳内に絵図が流れる。
「あの……やっぱり、恥ずかしいです……」
「恥ずかしがる可愛い鎖子を見るために、帰ってきた」
「要様」
「ふふ……真面目な冗談だ」
「まぁ……要様……」
要が冗談を言うだなんて、と鎖子は驚き二人で微笑み合う。
「おかえりなさいませ……要様」
「あぁ。鎖子も、おかえり」
お互いに、帰宅を労う。
鎖子の治癒術が、要を包む。
馬車の中で二人は、何度も口づけを交わした。