鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

甘い時間

「ん……」

 カーテンから溢れる光に、鎖子は目を覚ます。

「あ……」

 要の胸に抱かれている。
 お互いに、裸のままで絡み合っていた。

 朝方に屋敷について、傷の手当てをしてから一緒に風呂へ入って……。
 鎖子が恥ずかしがる様子を、要は愛しそうに抱き締めて、優しく身体を洗いあった。
 
 その後は、会えなかった寂しさを伝え合うように、何度も愛し合った二人。

 濃密で甘い時間。
 口づけしながら、抱き合って、快楽に溺れた。
 愛を囁き、何度も達して……腕のなかに抱かれて眠った。

 ベッド横の置き時計を見れば、もう昼過ぎだ。
 
 目の前に、まつげの濃い要の閉じた瞳と、寝息がこぼれる形の良い唇がある。

 少し顔をあげて、口づけした。

 こんなにも幸福な目覚めがあるだろうかと、鎖子は思う。
 鎖子は要の胸の傷の状態を見ようと、少しだけ離れた。
 
「さ……こ……?」

「……かなめさま……」

「ん……どこかへいく……のか?」

 鎖子は要に抱きついた。

「……鎖子はどこへも行きません……」

「ふ……目覚めからお前は可愛いな……」

 鎖子の猫のような仕草と声色が可愛いと、要が鎖子の黒髪を撫でた。

「身体は大丈夫か……?」

「はい……私より要様が心配なのですが」

「可愛い俺の花嫁が、しっかり治療してくれたからな。大丈夫だ」

「今日も経過を診て、また治療いたしますね」

「あぁ。お前の言うことなら聞こう」

 優しく髪を撫でられ続け、鎖子の心は更に温かく満たされていく。
 不安も孤独も、なにもない愛おしい人の胸の中。
 
「要様……大好きです……愛しています」

「俺もだよ……可愛い鎖子。休みが三日ももらえた。鎖子がしたいことをしよう」

 長い任務のあとなのに、たったの三日……と鎖子は思ってしまう。
 鎖子は今回、一週間の自宅療養になった。
 
「私より要様のしたいことをした方が、よろしいのではないでしょうか」

「俺? 俺は、お前とこうしているだけで十分だ……。そうだ、刀を見に行くか?」

「刀を? やはり千祈様は、お返しした方がよろしいでしょうか」

 要は鎖子が刀に『様』をつけて呼ぶのを笑う。

「千祈はいい刀だが、俺の使っていたものでは嫌じゃないかと思ったんだが……」

「嫌なんかじゃなりません! でも、私は実力不足であの刀に見合ってないですから……」

「そんなことはない。相性がいいなら、使ってやってくれ」

「はい! 是非使わせてください……!」

「そんなに嬉しいのか……?」

 嬉しそうに微笑む鎖子を見て、要は不思議そうな顔をした。

「はい、とても……とても嬉しいです。要様が傍にいてくれるようで……大切に致します」

「そうか、千祈がお前を守ってくれたら嬉しいよ」

「はい。千折様と一緒に頑張ります」

 千折は、要の刀『九鬼夜月(くきやづき)』と共にベッドの傍らに置いてある。
 
「……鎖子を想いながら強くなるために、餓鬼の頃から振るってた刀だからな」

「えっ……」

「なんてな」

「じょ、冗談でしたか……」

「本当だよ」

 幼い頃に別れてから、そんな気持ちで刀を……。
 鎖子の呪術紋が、熱く疼いた気がした。
 
「要様……嬉しいです」

「あぁ、千祈も喜んでいるよ……さぁ、もう少し眠ろう」

 要が額に口づけをしてくれて、二人はまた甘い時間に浸って眠りについた。
 
 夕方近くに起きて、要の部屋で食事をしたのだが、パンケーキやチョコレートなどのデザートが食後に運ばれてきた。
 綺麗に果物と一緒に盛りつけされたパンケーキが、ソファ前のローテーブルに並べられる。

「まぁ、素敵です。とても美味しそう……!」

「帝都で色々と流行り物を買ってこさせて、パンケーキは料理長に頼んだんだ。甘いもの好きなんだろう?」

「私のために……?」

「そうだ。鎖子はいつも頑張っているからな……」

「御褒美ですか……? 嬉しい……ありがとうございます……」

 いつも沢山の贈り物をしてくれる要。
 寮では甘味が出ることはなかったので、鎖子の心が踊る。

「鎖子が喜んで食べる姿を見たかったんだ。俺にとっての褒美だな」

「私……要様と一緒に食べたいです」

「俺は甘いものは少し苦手だが、鎖子が食べさせてくれるなら食べる」

「まぁ、ふふ」

 二人が離れていたせいなのか、要の鎖子への溺愛度が増しているように思えた。
 ソファに座る時も、密着して座る。
 
「では、まず俺が食べさせてやろう」

「えっ……でも……それは私の役目では」

「ほら、口を開けてごらん」

「は、はい……あ……ん……っ」

 要がフォークに小さく切ったパンケーキを乗せて、鎖子の口に運んでくれた。
 口いっぱいに、甘みが広がる。
 
「とても美味しいです……こんなの初めてです。柔らかくって、甘くって」

 アンパンや、饅頭とは全然違う。
 たまに梅にもらうカステラとも、柔らかさが全然違う。
 初めて食べるパンケーキ。
 バターとメープルシロップの美味しさに感動してしまう。
 
「ふふ、可愛い唇にシロップがついてしまったな……」

「ん……要様」

 抱き寄せられて、唇についたシロップを舐めとられる。
 突然の甘い口づけに、クラリとしてしまう。

「うん……甘くて美味しいな……鎖子は」

「んっ……はい、あまい……です……」

「チョコレイトも食べるか……?」

「は、はい……」

 チョコレイトを持った要の指先が、唇に触れた。
 舌の上で溶け出すチョコレイトと、二人の舌が絡みあう。

「美味しい……です……」

「あぁ、美味いな。いい味だ……」

「ん……はぁっ……要様……」

「また、鎖子を食べたくなる」
 
 甘くて、ちょっと淫らで、愛しい時間に幸せを感じた。

 しかしノックの音がそれを中断させる。
 慌てて離れようとした鎖子だったが、要は気にすることなく抱き寄せたまま岡崎を呼んだ。

「どうした?」
 
「失礼致します要様。電報でございます」

「わざわざ電報か。金剛からか?」

「はい、金剛様です」

「……やはりか……」

 電報など使わずとも、電話があるのに……と鎖子は思う。
 要は受け取って、すぐ確認する。

「こういう事が好きなやつなんだ。……俺と、鎖子に統率院への出頭命令だと」

「えっ……」

 明日の昼間。
 要と鎖子、二人を統率院へ呼び出す内容であった。
 要はすぐに電話をして、鎖子まで呼び出すことに抗議をしたが聞き入れられる事はなかった。
 
「私なら、大丈夫です。要様といっしょに参りますので」

「すまないな……」

「夫婦ですもの」

 鎖子が微笑むと、要も少し安心したように微笑む。

 次の日。
 何かまた身体を見せろと言われた時のために、鎖子はシャツを着てスカートを履いた。

「俺から離れないように」

「はい」
 
 守るように肩を抱いて寄り添ってくれる要と馬車に乗る。
 あの金剛からの呼び出し。
 やっと幸せな結婚生活を過ごしていたのに……また何か不穏な事をさせられるのだろうか? 
 
「ガッハッハ! よく来たな!」
 
 殿様のように上段へ座る金剛が、二人を出迎えた。
 
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