鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~
さらなる罰・1
統率院に到着し、大広間に並んで座る要と鎖子。
目の前の上段には金剛の他に、酔雨家と摩里多家、そして鎖子の叔父までもがいる。
「突然の呼び出し。一体、なんの要件でしょうか」
「ガッハッハ! 九鬼兜要殿が何やら、大学校の初演習で大活躍したと聞いてな!」
笑い事ではないのだが、金剛は大笑いしている。
「妻が事故に巻き込まれたので、救出したまでです」
「ふむ。九鬼兜要殿。貴殿の強さは今も健在で評判がよい……つまりは、罰がしっかりと執行されてなかったのでは? という疑惑が出てな」
顎ヒゲを撫で回しながら、金剛は言う。
「馬鹿な」
「金剛様、私の術はしっかりと発動したはずです。至らないのであれば私の責任です……!」
まさか自分を助けにきてくれた件が、こんな事を招いてしまうとは。
鎖子は慌てて口を挟んでしまう。
「鎖子、お前に責任など一切ない」
「はっはっは! 罰の結婚でありながら、よく妻を手懐けているではないか。まぁ以前の術が発動したのは承知の上だ。ただ罰が足りなかったというところか」
「金剛殿、一体何が望みです?」
「つまり鎖子姫よ。夫をもう一度縛り、罰してやってくれ。罪は罪として、罰を与えなければならない。まだまだ減退せねばならぬ程の力が、要殿にはあるようだからな!!」
言いがかりのような金剛の発言。
「……もう一度と言われましても、私はそんな方法を知りません……!」
戸惑いながらも言い返す鎖子。
金剛の迫力に気圧されるわけにはいかない。
「鎖子、鎖重ねの術……という秘術がある事が判明してねぇ。加えて赤子が絶対にできないようにもしてくれる安心の術も発見されたぞ~薬よりいいだろう?」
叔父の言葉に、鎖子が驚く。
「えっ? 秘術が……? 鎖重ねの術……?」
当然に、初めて聞く術の名だ。
「我が家の蔵に、あったんだよ。鎖子。まだ柳善縛の秘術書が残されていたんだ」
「お、叔父様……そんなもの今まで……蔵は両親が亡くなった時にかなり色々と整理をされたはず」
金目のものがないのか、叔母夫婦は屋敷中をひっくり返して回ったはずだ。
「実は巧妙な隠し方をされた金庫が見つかってね……義姉さんもタチが悪い……誰にも教えずに……なぁ? 今見つかるなんて運命かなぁ」
叔父がニヤニヤと笑う。
両親は突然の事故で亡くなったのだ。
誰にも教えずに隠していたわけではない。
鎖子に伝えたかったことは沢山あったはずだ。
「それが見つかったのは、いつです?」
「えっ?」
要が叔父に、鋭い表情で聞いた。
「えーそれは……」
「つい先日のことだ」
叔父より先に金剛が話す。
「ほう……この機会に秘術の書かれた本が偶然見つかったと? 随分、都合がよいですね」
「そうだ。天がまさに、断罪を望んでいる! 更に都合のよい事に、お前たちはもう夫婦だ。刑は執行仕放題だろう。罪には罰を与えなければならない! ガッハッハ!!」
要の罪……。
要の義母は、金剛の手のものだった。
長く、父を裏切り金剛と通じていた女……。
要の父を殺害した犯人。
眞規子こそ、罰を与えられただけではないのか。
そしてこの金剛という男も、眞規子と共犯なのに、なんの罰も受けていない……。
「しかし……九鬼兜殿は、我が国の戦力そのもの。あまり弱くなられても困るのではないか?」
黙って聞いていた酔雨家当主が、口を挟んだ。
「ほほう。酔雨家当主はご不満かな?」
「個人の不満などではありませんよ。帝国としての戦力……を考えたまで。金剛殿も、もう若くはない。あまり、若い戦力を削るのはどうかと……ね。国家戦力の損失では?」
「まだまだこの金剛勝時大将! 若い者には負けはせんぞ!! では罪人を野放しに? 謀反者が同じ隊列にいるだけで、士気は下がる……!」
「いやはや。戦わない素人は、口出しはしないでおきますか……」
「九鬼兜殿は、何か言いたいことはありますか。前回の鎖の儀で、鬼妖力は半減されていないのですか?」
摩里多家の女当主が要に、尋ねる。
「力は確かに半減されました。任務に支障がないようにはしておりますが、戦い方を工夫して、日々遂行しているだけです」
そして怪我を負いながら……。
それを目の当たりにしている鎖子は、心が痛む。
「それでは、九鬼兜殿の罰はもう完了しているのではないのですか? 五大家から追放もされ、これ以上は……」
「いいや! 母親殺しの狼の牙は、もう少し折らねばならん!!」
金剛が叫んだ。
ビリビリと壁が床が震えるような衝撃だ。
「母親ではない。父の後妻なだけです」
「ほほう。血も涙もない事も言う」
「軍人に血も涙も必要ではないと、私は思いますが」
「ガッハッハ! ……さすがの冷徹っぷりだな!」
金剛の挑発するような笑みに、要は無表情で答える。
酔雨家と摩里多家の当主は、『母親殺し』と聞いて驚いた顔をしたが、これ以上は巻き込まれたくないと思ったらしい。
それから何か言うことはなくなった。
両家の当主は、要の罪も知らなかった?
やはり金剛の好き放題ではないかと、鎖子は悔しさで下を向く。
「私の力を更に半減することに文句はありません。だが妻の身体に負担をかけるような事であれば、罰は他の方法にして頂きたい」
「鎖子姫には負担はない。秘術書に書かれていた呪術紋を、今の鎖子姫の腹部に書き足し、それで再度鎖の儀を執行してもらう!」
まさか再び、鎖の儀をする事になるとは。