鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

夫婦での逢引・1

 鎖子はよく悪夢を見る。
 父と母が死んでしまう夢。
 
 それでも幼少の頃から、目が覚めても悪夢のような地獄の日々だった。
 それならば、一瞬でも父と母が生きている姿を見る夢は、まだ幸福な夢に感じた。

 でも、二人は切り裂かれてしまう。

 二人は馬車の事故で亡くなったのに、いつも二人が殺されてしまう夢なのだ。

 何度見ても、鎖子はそこで泣き叫ぶ。

 やっぱり悪夢は悪夢で、地獄は地獄だ。

 誰か助けて……。

「鎖子」

 涙が頬を流れていくのを感じた。

「……要様……」

「大丈夫か? うなされていた……」

「は、はい……」

「嫌な夢を見たんだな……もう大丈夫だ」

 温かな胸元に抱きしめられる。
 もう、ここは地獄じゃない……。

 柔らかなベッドで、大好きな人に抱きしめられる朝……。
 もう一人じゃない。

「あんな事があってすぐ呼び出しを受け、疲れてしまうよな……。今日は気晴らしにどこかへ出かけよう」

「え……でも要様は明日からまたお仕事……お出かけしてはお疲れになってしまうのでは……」

「俺だって、まだ若者だぞ。妻と休暇を楽しみたい気持ちがある……鎖子は嫌か?」

「嫌なんて、とんでもないです……嬉しいです!」

「そうか。それでは支度して、出かけよう」

「はい……!」

 朝食のあとは、梅に手伝ってもらい、ワンピースを着て化粧をした。
 採寸し、鎖子のために作られたものだ。
 買い物ですれ違った時に、見惚れた最新ファッションの令嬢達のようなワンピース。

 綺麗な柄に、美しい色。鎖子の心も踊る。

「どうかしら……私なんかにも似合っているかしら」

「もちろんです! 帝都の令嬢のなかで誰よりも可愛らしいですよー! 要様もお喜びになるでしょう」

 梅の過剰な褒め言葉に、鎖子は微笑む。
 最後に髪を結ってもらい宝物のリボンをつけた。

「あの……梅さん……」

「はい」

「私の両親が亡くなったのは……事故なんですよね」

「……鎖子お嬢様……そう、あれは……嵐の夜でした。お二人が乗った馬車が事故に遭われたと……同乗していた使いの者が怪我をしながら屋敷に帰ってきて……」

 この話を梅とするのは、初めてではないが再び聞いたのは数年ぶりだ。
 
「……私はお留守番をしていたんですよね」

「えぇ。でもお嬢様を置いて外出されることなど、あれが最初で最後でした。何か虫の知らせでもあったんでしょうか……お嬢様が無事で良かった……ですが、その後に私は何もできずに……地獄の日々をお嬢様は……」

「梅さんのせいではありませんもの、もう気になさらないでください。……どうして私は置いていかれたんでしょうか。当日にどこへ出掛けたのか知っていますか?」

「……それが、わからなかったと、私どもには伝えられておりました……」

「同乗していた使いの方は……」

「後日、亡くなりました。怪我が原因だと思われます」

「そうだったんですね……」

 真相は闇のなか。
 両親の死を悲しみ、嘆き苦しんでも、すぐに引っ越してきた叔母夫婦と愛蘭に陰気臭いとなじられ両親の話は禁止された。

 これ以上、調べることはできない?
 でも何故か、今、両親の死が気になる。

「要様。おまたせしました」

 玄関前。
 新作のワンピースを着た鎖子を見て、要が目を細める。
 
「鎖子は何でも似合うな。今日も綺麗だ」

「あ、ありがとうございます」

 要はいつも、鎖子を褒めてくれる。
 恥ずかしさと嬉しさで、鎖子が頬を染めて微笑んだ。

「要様も今日も、すごく素敵です」

「ありがとう」

 海外帰りの要は、スーツを着こなしていた。
 スーツを着ると、足の長さがよくわかる。
 誰よりも素敵な男性が、自分の夫だとは信じられない気持ちになる。

「どうした。嬉しそうに笑って」

「要様がすごく素敵だからです、こんな素敵な方とお出かけできるなんて嬉しくて」

「俺の花嫁も世界一可愛い。一緒に出かけられる事が光栄だ」
 
 褒め合う二人を見て、梅も岡崎も嬉しそうに笑っている。

「それでは行ってくる」

「行ってまいります」

「要様、鎖子様~たくさん楽しんできてくださいませーー」

 屋敷の皆に、手を振って二人で馬車に乗った。
 
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