鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~
柳善縛家へ・1
「柳善縛家では、気をつけるんだぞ」
「はい。要様もどうか、お気をつけていってらっしゃいませ」
「あぁ。行ってくる」
要が任務に行くのを見送ってから、鎖子は柳善縛家へ向かった。
「岡崎さん。家までの途中にある、桜菓子店さんに寄ってもらえますか?」
「承知しました。鎖子様。私が買ってまいりましょうか」
「いえ、店長にご挨拶もしたいので私が行きます」
愛蘭にその店のカステラを、よく買ってこいと命令されていたのだ。
鎖子に同情した店長からカステラの端を何度か貰った事がある。
端でも甘くて美味しいカステラに、心も慰められた。
「あれまぁ! あんたホントに鎖子ちゃんかい!?」
「はい。いつも美味しいカステラをありがとうございました」
綺麗な着物を着て当時の礼をする鎖子を見て、店長は驚いた。
鎖子が結婚して家を出たことを告げると、大層喜んでくれてカステラを鎖子のために包んでくれた。
こういう人たちのおかげで、辛い日々も乗り越えられたと鎖子は思う。
そして、もう来ることはないと思っていた柳善縛家へ足を踏み入れた。
「ふん! こんなカステラなんか、いらないわよ」
柳善縛家の応接間。
九鬼兜家夫人として訪問すると伝えてあったので受け入れられたが、愛蘭は不機嫌な顔でカステラの箱をぶん投げた。
鎖子はカステラの箱を拾って、またテーブルの上に乗せる。
「元気そうでよかった」
「元気!? あの日のことを毎日夢に見て、悲惨よ!!」
愛蘭は、女中が持ってきた紅茶にドボドボとブランデーを注いで飲み干す。
悲惨とは言っても、どっしりとした体格はそのままで、特に体調が悪そうではない。
成人前からの酒好きも、元々だ。
バリボリとクッキーを齧っている。
「んで? 腐ったクサ子が、何しに来たわけ?」
「……昔、私の母様の本を、貴女が燃やしたことがあったでしょ……」
「あ~? ……あー……そうね燃やしたわね。もう綺麗サッパリ、この世にはないわね」
「私はその事を聞いて、泣くことしかできなかった」
「はぁ~? 泣かすためにやったんだから当たり前でしょ。いまさら謝れって? 可愛い子どものイタズラでしょ」
相変わらず、反省などしない様子だ。
「どこで、誰と、どうやって火をつけて燃やしたの……?」
そう。
燃やしたと言われたが、燃えカスも何も、見ていない事を思い出したのだ。
「え……」
「教えてほしいの」
「えっ……あーえっと……そ、そんなの忘れたわ」
「本当に燃やしたの……?」
「燃やしたわよ!!」
「誰かに渡したりしていない……?」
「っ……」
愛蘭の動揺が伝わってくる。
「う、うるさい! なんだっていうのよ!」
「わかったわ……ありがとう。それと……要様から数年前に私への手紙が届いたの知っていた……?」
「手紙~? なにそれ……知らないわ」
「そうよね……ありがとう」
御礼を言うのもおかしな話だが、静かに鎖子は言った。
「あと叔父様の旧姓ってわかる? 私は聞いたこともなくって……」
「お父様の……? 何故……?」
「大学校で、ほら親戚に誰がいるとか聞かれて……あるでしょう」
そんな会話はなかったのだが、捏造でもいい。
叔父の正体を調べたいと思っている。
「……お父様は高貴なお生まれだとしか、知らないわ」
「……そうなの。わかったわ」
「今は柳善縛家の当主なんだから! そう言えばいいでしょ!」
「そうね。もう、大学校には戻らないの?」
「私は金剛家に嫁入りするんだから、あんな訓練なんか必要ないわ。そういや、あんたの旦那はまた弱体化させられたらしいわね! きゃは! 惨めだね! よわよわ~!!」
要がどんなに弱体化されようが、愛蘭や将暉よりどれだけ強いことか。
しかしここで強く言い返して愛蘭と喧嘩をしては、要に心配をかけてしまうとグッとこらえた。
「要様は弱くなんかありません。将暉さんとの婚約話は進んでいるのね?」
「当たり前でしょ! 超絶豪華絢爛な結婚式にするわ!」
「そう……では、もう帰るわね。お大事に」
「ふんっ! なんだっつーのよ!」
もう紅茶はなくなり、ただのブランデーを注いで、また愛蘭は飲み干した。
鎖子は、ついこの間まで過ごしていた屋敷を歩く。
女中頭が鎖子を見て、慌てて隠れた。
亡き両親の部屋はニ階だ。
あそこは、すぐに叔母夫婦が自分の部屋として使い、母の宝石や父の書物も勝手に奪われた。
柳善縛家の伝え本や、何か残っていてもおかしくない。
もしも……愛蘭が燃やしたと言っていた母の本が……。
金剛将暉から、父の金剛勝時へ渡っていたら……?
いや、将暉など仲介しなくても叔母夫婦が、金剛へ渡していたら……。
「母様の書いた本に……何が書いてあったの……?」