鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

柳善縛家へ・2

 両親の部屋のドアを、ノックするが返事はない。
 もちろん、いないことを前提としていた。
 ドアノブに、ゆっくりと手をかけた。
 
「鎖子」

「ひっ……!」

 ビクリと後ろを見る。

「あ、叔父様……」

 目の前にいたのは、叔父だった。

「ふふふ、愛蘭と仲良く語らってたのかと思ってたが……どうしたんだい?」

「あ……愛蘭のお見舞いは済ませたので……叔父様はお部屋にいらっしゃるのかと……ご挨拶をと思って……」

 でも気配がしなかった。
 ただの酒飲みでチンピラのようだと思っていた叔父……。
 最近の鎖子の呪術紋に対する執着など、何か今までと違うように思えてきた。

「ノックしても返事がなかっただろう?」

「……あ、そうでしたか……」

「鍵をかけているよ。そこには昔から金庫もあるからね」

「……あの、先日に……新しい秘術書が蔵から見つかったとおっしゃってましたよね……」

「うん? あぁ、そうだね」

「私にも見せていただけませんか? 私も柳善縛家の人間ですから……」

「大したものでもなかったんだよ。二重に力を吸い取る呪術紋がたまたま書いてあった紙があっただけでね」

 そんな偶然がありえるのだろうか?

「……ではそれを見せていただけませんか?」

「金剛氏のもとにあるんだが……あの御方も忙しいからねぇ」

「そ、そうですよね」

「会いに行くかい? 鎖子が会いたがってると言えば……もしかしたら」

 会いたがってるとは言っていない。
 ニヤニヤと、いやらしい笑みが鎖子を撫で回しているようでいつも寒気がする。

「いいえ。その紙が見たいだけですから……結構です……」

「はははは! 嫁入りしたばかりの女が一人で男に会いに行くのはよくないものな……して、身体は変わりないかな?」

「……はい。あの、もしも私の両親の遺品がありましたら、見せて頂けますか」

「いやぁ。金庫には特に大した物は入っていなくてね。ゴミだから捨てたよ」

「そんな……」

「ほんと、ほんと、ただのゴミだ。金目のものなどなかったから」

 どんな物だとしても、鎖子に断りもなく捨てるなど許されるわけはない。
 だが、叔父に倫理観などない事はもうわかっている。
 両親の死後に、鎖子の手に渡ったものなど一切ないのだ。

「あの、数年前に要様から私へお手紙が届いたはずなのですが、代わりに預かってはおりませんか?」

「ふむ……? 知らんな」

 知っていても、そう言うだろう。
 
「それでは、今日は愛蘭のお見舞いに伺っただけですので……失礼いたします」

「あぁ。鎖子、自分の身体を大事にするんだよ」

「え? は、はい……」

「何よりも、今のお前は大事なんだ」

「ど、どうして……」

「どうして? 娘を心配する父親が不思議かい?」

 今まで、奴隷のように扱ってきていたのに……。

「いえ……失礼します」

 ぎこちないとわかってはいるが、精一杯微笑んで、鎖子は自分の実家を出た。
 今まで殴られ、罵られ、生きることだけが精一杯だった。
 
 でも今、やはりおかしいと感じる。
 両親が亡くなり、財産が奪われた……でも、それだけではない。
 将暉の言動……愛蘭の態度……叔父の怪しさ……。

 なにかまだ、企みがある……鎖子は強く感じた。
 
 
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