鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

研究所・2

 それから数日、訓練の日々。
 驚いた事に、愛蘭がいないと子分達も鎖子に対して頭を下げて挨拶をしたりする。
 彼女達の平和そうな笑顔を見て、鎖子も複雑な心境になった。

 将暉を見かければ、希美が鎖子を自分の身体の影に隠してくれる。

「ほら、鎖子ちゃん、こっち! 私の後ろに隠れて!」

「ありがとう希美ちゃん……!」

「なんかあいつの鎖子ちゃんを見る目が、きんもいんだよね!」

 今日も座学と体力作り、そして捉えた妖魔を使用した剣術、特殊攻撃術、結界術などの実戦訓練を終えた。

 何か訓練が、対妖魔というよりは対人戦を考慮しているように鎖子は感じた。
 だが、それは要からの戦争の話を聞いているから感じ取れることなのだろう。
 周りの生徒達は、なんの疑問もなく熱心に取り組んでいる。
 
 戦争になれば、ここにいる生徒が戦地へ赴く事に……。
 要も……戦地へ……行くことになるのだろうか?
 
 そして休日になったのだが、鎖子は屋敷に戻らず希美と部屋に残っている。
 先日の約束どおり、研究所へ見学できることになったからだ。

「じゃあ今日は、お兄様のところへの案内お願いします」

「了解!!」

 二人共、軍服で寮の前で迎えを待った。
 時間になると二人の前に、馬車を自分で運転する白衣の男性が現れた。

「やぁ~~、待たせたね~~っ!」

「兄貴、おっそーい!」

「こら、希美。誰が兄貴だ。お兄様と呼べ、お兄様~」

「きもいって!」

「ぐわぁああ! ひどいぃ!!」

 瓶底メガネに、髪はボサボサ。
 背は鎖子達よりも高いが、白衣は汚れている。
 
「兄貴は兄貴だって~。はい、兄貴、こちらが私のお友達の九鬼兜鎖子ちゃんだよ」

「あ、あの……九鬼兜鎖子と申します。本日は、貴重なお時間を割いて頂きありがとうございます」

 鎖子が深々と頭を下げる。

「ご、ご丁寧にどうも……僕は研究員の、波野波太郎です。……いや、なんという礼儀正しく、美しい女性なんだ……天女か……」

「鎖子ちゃんは人妻だよ! 鼻の下伸ばして、兄貴の馬鹿ー!」

「九鬼兜要氏の愛妻に手出しする奴なんかいないだろう。殺されるよ! さぁ馬車へ乗って」

 兄貴と罵倒しながら、希美は意外にこの波太郎という男が気に入っているようだった。
 敷地内で、大学校の隣と言ってもかなり距離が離れていた。

 まるで隠すように植林された林を抜け、馬車はやっと研究所に着く。
 見た目は西洋風の白いレンガの建物だ。
 窓には分厚いカーテンが下がっていて様子は一切見えない。

「僕は希美を前々から、研究所に入るように誘っていてね。今回はそういった経緯での見学ってことにしてあるよ」

「希美ちゃんを……でも、私も一緒で大丈夫でしょうか?」

「建物見せて、僕の研究室で話をする程度ってことだから。勝手にうろついたりはしないでね」

「は、はい!」

 研究所に入る前に身体検査を受けて、署名だけした。
 波太郎は見た目は地味だが、それなりの地位らしく何も言われずに研究室まで来ることができた。

 沢山の本に、壁には何やら鬼人から出るオーラなどの図解絵が張ってある。

「流石に見せたり答えられたりするのは、ほんの一部なんだけど……何が聞きたいの?」

「鎖子ちゃんは自分の家のことが知りたいんだよね?」

「あの……ここで柳善縛家の研究がされていましたか? 私は柳善縛家の者なのに、柳善縛家の力を何も伝えられていないのです」

 うーんと、波太郎はボサボサの頭をかいた。

「五大華鬼族のなかでも、かなり特殊な力を持つ家だよね~柳善縛って。もう解体されたけど、専門の研究組がニ十年近く前にはあったようなんだ」

「え……解体されてしまったのですか」

「鎖子ちゃん知ってた?」

「いいえ……それでは柳善縛家の力についてご存知の方はいらっしゃらないのですか?」

「そうなんだよね~解体後は、柳善縛家についての研究は一切禁じられたんだよ。研究費の無駄だってさ」

 無駄だからと言って……一切禁じるのもおかしな話だ。

「兄貴、その時の資料や何か残ってないの!?」

「全て抹消済だ! 何やら金剛家が指揮をとっていたという噂もあったし、残ってても重大機密だよ……」

「金剛家が……?」

 ギクリとした。
 やはり金剛は、柳善縛家の何かを知っている……?
 まさか本当に、此処で名前を聞くことになるとは。
 しかし、どうして解体を……?

 謎は深まるばかりだ。
 
「せーっかく来たのに、何もないなんて信じられないよー」

「まぁ待て。この僕だからこそ……特別に、手に入れたものがある」

「えっ! なに!?」

 希美が大声で、波太郎に詰め寄った。

「しーっ! ここに赴任したばかりの時、大掃除をやらされた。その時に棚の隙間に落ちていた写真を拾ったんだ。僕はこれが、解体された柳善縛家の研究組の組員じゃないかと思ってる。これは、全ての書類を始末する時に誤って残してしまったものではないかな……と思うんだ」

「そんなのあるなら早く言いなよ!」

 波太郎は慌てて、希美の口を塞ぐ。

「騒ぐなって~! 隠し持っているのが知れたら厳罰だよ!」

「うひゃ! 怖いなぁ。じゃあ鎖子ちゃんに早く見せてあげて!」

「ちょっと待ってな」

「あ、ありがとうございます」

 波太郎がガサゴソと、自分の机の奥から一枚の写真を取り出した。
 
「かなり古いし……顔なんかわからないかもしれないけどね」

 そう言って渡された、確かに古い白黒写真。
 解像度も悪いし、長く棚の間で放置されていたのか、湿気った跡もある。

 白衣を着た研究組員が、五人並んで立っているだけの写真だ。

「こんなの見ても……意味ないよねぇ」

 横で覗く希美が、しかめっ面をする。

「裏にも当然に記載はないから……顔を見るしかないけど、知り合いとかいないかい?」

「……なんだか……この人……」

 先ほどから感じている寒気が余計にひどくなる。
 動悸がして、目眩がした。

「まさか……叔父さん……?」
 
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