鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

叔父の訪問

 
 叔父が来たと言われて、鎖子は驚き身構える。

「鎖子お嬢様、会う必要はありませんよ……! 鎖子お嬢様は体調が悪いのです!」

「梅さん、それでもよいのかしら」

「鎖子様、私もそう思います。おかえりいただきましょう」
 
 岡崎が叔父と話をしている様子が伺えたが、玄関先でメイドの悲鳴が聞こえてきた。
 梅が止めるのも聞かずに、鎖子は飛び出した。

「なんの御用ですか!? 九鬼兜の家で、皆様への乱暴はやめてください!!」

「やぁ鎖子、なんだ元気そうじゃないか……顔を見せてくれと言っただけなんだがね。父が会いたいという話を突っぱねる家来がいるか」

 不気味に笑う叔父。
 鎖子は、また目眩がして梅が支える。
 
「鎖子お嬢様は、元気なんかじゃありませんよ!」

「鎖子様はご病気ですから、無理はさせられません」

 鎖子と梅の前に岡崎が立ち、メイド達も鎖子を守るように囲む。

「なに、大丈夫だ。少し検査をするだけだ」

「検査……?」

「まさか赤子ができたのではないかと思ってね」

「なっ……そんな事実はありません。薬も飲みましたし、術も受けたじゃありませんか」

「万が一にも、あっては困る」

「あったとしても、夫の子です! 何も困ることはありません!」

 鎖子の胸元から、ハラリと護符が舞い上がった。

 一瞬で護符は黒い鳥に変化する。
 バチィ! と雷のような火花が叔父と鎖子の間に弾け飛ぶ。

 叔父が何歩か後ろに下がり、要の式神が言葉を発した。

『柳善縛殿。妻に一体何用か』

「九鬼兜の式神か……これは見事だ。遠隔で言葉まで伝えることができるとは」

『妻に一体何をするつもりだ。加えて屋敷の者達への暴言。あまりにも無礼ではないのか』

「使用人を怒鳴りつけて何が悪い。お前にとっては、私は義理の父なのだぞ。お前のその態度の方が無礼ではないか?」

 今まで金剛の後ろで、ニヤニヤと笑っていた男が今日はあまりに威圧的な態度だ。

 誰かが呼んだのか庭師などの男勢も、鎖子を守るために集まってきた。 

「若奥様に、なに近寄ってやがる!」
「鎖子様に近づかないでください!」
「何が検査よ!」
「鎖子様は絶対安静なんですから、帰ってください!」

「おやおや……ここで随分と可愛がられているようだが……使用人風情が生意気を抜かすなっ!!」

『柳善縛殿……! 貴様!』

 式神から、更に強い雷が放たれた。

「また謀反を重ねる気かな? 九鬼兜要!」

 謀反という言葉を聞いて、鎖子は叫んだ。

「要様、お待ちください! 叔父様っ……! 一体なんの権限での、行いですかっ!」

「もちろん統率院だ。私に怪我をさせたら、どうなるかわからんぞ。あまり偉そうな我儘を言うと、鎖子! 一度我が家に戻ってもらうか!」

『なんだと……!!』
 
 今度こそ、式神は叔父を雷で撃ち貫くだろう。
 
「待ってください。検査なら受けます……! 検査をするから、終わったらすぐに帰ってください!」

『鎖子』

「ただし、私を要様から引き剥がすというのであれば、私はもう何も、何も、今後一切言う事を聞く気はありません。家には戻りません。絶対に……!」

 鎖子は叔父に向かって叫ぶと、静かに式神を抱き締めた。

「……いいだろう。連れてきた女医がいる。採血をしろ」

「……はい……」

『鎖子』

「要様、任務中にお呼び出しして申し訳ありません。鎖子は大丈夫です。お帰りをお待ちしておりますね」

『わかった。検査が終わるまで見守っている』

 応接間のソファで、鎖子は採血をされた。
 何か妖しい薬物でも注射されないか、要の式神はもちろん、屋敷中の人間が鎖子を見守った。
 試験管一本かと思っていたが、五本も採られ更に気分は悪くなる。
 
「これで一度持ち帰って検査をするが、先程の無礼は報告させてもらうからな」

『主人の私がいない屋敷に乗り込み、妻と屋敷の者達に危険を感じさせた。それをそのまま報告したとして、非難されるのは貴方のほうだと思いますが』

「ふん、青二才が」

「叔父様。約束通り、お帰りください……!」

「鎖子、お前は生かさぬ様に殺さぬ様にと躾けて……私達に、もっと従順になっているはずだったんだがな」

「えっ……は、早く帰ってください……!」

 鎖子は式神に守られながら、必死に叫んだ。
 またニヤニヤと笑みを浮かべながら、叔父は帰っていった。
 
 叔父が帰ったあとは、皆が塩を撒いて、浄化した。

 子どもの頃からの仕打ちを思い出して、鎖子は気分が悪くなってしまって運ばれた。
 ベッドに寝かせられ、要の式神が消えるのを見送ってから、梅が付き添ってくれている。

「私に、子ができることはそんなにまずいことなのかしら……」

「考えたくもありませんが、まだ鎖子お嬢様を何か利用させるおつもりなのでは」

「……やはりそうなのかしら。今も、追加の呪術紋で赤ちゃんができない術をかけられているのに……疑うだなんて」

「な、なんて酷いことを! 夫婦になったお二人にそんな仕打ちをしていたんですか! 追加の呪術紋ってどういうことなんです!?」

 もう高齢で心配ばかりかけている梅には、今の状況をあまり教えたくなかった。
 つい伝えてしまったが、知らなかった梅は、驚き怒った。

「まだ隠し金庫があって、そこに秘術の書かれた紙があったって……」

「まだ隠し金庫が? あるはずないじゃありませんか。あの夫婦は蔵を半壊するほどに財産を探し回ったんですからね」

「やっぱり……そうですよね」

「あの男も、部屋で何をやっているのか……という噂があったんですよ。前と雰囲気が変わりましたね。軽薄なチンピラのような振る舞いだったのに、ギラギラと爬虫類のようになって」

「梅さんに聞けばよかったんだわ。叔父さんは屋敷で何をやっていたの?」

「何を……というか、誰にも入らせない部屋がありましてね。何か変態なことでもやっているのでは? って話でしたよ。随分と色んな意味のわからない道具や洋書まで持ち込んでいたはずです」

「……実験をしていたんだわ……」

「じ、実験?」

 やはり叔父は、あの研究員なのだ。

『生かさぬ様に殺さぬ様にと躾けて……私達に、もっと従順になっているはずだったんだがな』

 従順にならなかったのは、柳善縛家の当主として誇り高く生きなければと思っていたから。
 そして、その心はずっと憧れ想い続けていた、要の存在があった事で守られたのだと思う。

「これからは絶対に、利用なんかされないわ……!」

 鎖子は強くそう思った。
 その日は、熱が出てしまった鎖子。
 要が帰ってきたのは、それから五日後だった。
 
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