鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

二人の結婚式

 数日ぶりに帰宅した要。
 鎖子はもちろん、屋敷の皆が安堵する。
 
「要様……! おかえりなさいませ……!」

「ただいま鎖子」

 出迎えた先で抱き締められ、鎖子もしっかりと要を抱き締めた。
 要のぬくもりに、安心した鎖子の瞳に涙が浮かぶ。
 
「怖い思いをさせたな」

「要様も皆様も、守ってくださいましたから大丈夫です。任務中にあんなにも高度な式神を出されて、負担が大きかったですよね。申し訳……」

 謝ろうとした鎖子の唇に、軽く口づけされる。

「妻を守るのが夫の役目だ。謝る必要などない」

「……はい……ありがとうございます」

 要は、鎖子の首元に顔を埋める。

「お前を抱き締めると、自分の居場所に帰ってきたという気がする……愛している鎖子」

「要様……」

「身体はもう大丈夫なのか? 熱を出したと聞いて、心配した。傍にいれなくてすまなかった」

「一日で下がりましたわ。軍人の妻ですもの。平気です。……心は傍にいてくださってるのがわかりますもの」

「あぁ、そうだ。離れていても俺達はひとつだ……さぁ中に入ろう」

 玄関前で抱き締め合っていた二人は、中で皆が待っている事に気付いて屋敷に入った。

「あれから何か連絡はあったのか?」

「電報で、陰性という連絡が来ただけです。きっとしばらくは落ち着くかと」

「そうか……では、今日はもうこの話はやめておこう」

「はい。今日は結婚指輪完成の記念日ですものね」

 一度、要から電話を受けていた。
 結婚指輪が出来上がったので、今日持ち帰ると。
 なので今日は、二人にとっての記念日にしようと話をしていた。

「あぁ、夕飯はなんだろう? 鎖子が作ると言っていたから、楽しみにしていたんだ」
 
「夕食は料理長と考えて洋食のコース料理にしたのです。お肉を焼くのはお任せしますが、スープや仕込みは全部私がいたしました」

「すごいな、晩餐会だ。大変だったろう」

「要様の事を想いながら料理をする時間は、とても幸せなんです」

「……俺は世界一の幸せ者だな……」

「ふふっ要様ったら大げさですわ」

「大げさではないだろう。俺は本気で思っている」

 冷徹武士と言われていた要が、喜び微笑んでくれる瞬間が鎖子の喜びだった。
 
 食堂には、色とりどりの花やキャンドル、リボンなどが沢山飾られ、まるで結婚式のようだ。
 梅や岡崎、屋敷の皆が『おめでとうございます』と祝福の言葉をくれる。

 新鮮な生野菜のサラダに、じゃがいものポタージュ。
 メインディッシュのビーフステーキに使用した肉は岡崎が取り寄せてくれた最高級品だった。
 
「パンも私がこねたんですよ。腕が強くなりそうでした」

「すごいな。このステーキも……これは本場の一流レストランでも食べられるかどうか」

「私もこんなお肉は初めてです。すごく美味しいですね」

「鎖子の味付けがいいんだ」

 楽しい食事の時間が続く。
 不穏な話は一切しない。
 鎖子は料理や裁縫で新しく覚えた事を話し、要は地方で見た美しい景色や伝わる民話などを教えてくれた。
 
「デザートのアイスクリーム……これも鎖子が作ったのか?」

「はい、作るのがとっても楽しかったんです」

「今度俺にも教えてくれ」
 
「要様と一緒に作ったらもっと楽しそうです。ふふ」
 
 冷たく甘いアイスクリームとワインを楽しむ二人。
 心が満たされるのを感じて、微笑み合う。
 
「とても美味しかったよ。素晴らしい記念日だな」

「要様……私、まだやってみたいことがあるのです」

「なにがしたい? なんでも願いを叶えよう」

 鎖子の表情を読み取って、要が優しく尋ねる。

「……あの、要様とダンスをしてみたくて……」

「ダンスか。うちにはホールもあるからな。でも帝都のダンスホールに行かずに、此処でいいのか?」

 九鬼兜家の屋敷にはダンスホールがあり、メイド姿で床拭きをした事もある。
 要の曽祖父自慢のダンスホールで、昔はパーティーもよく開かれていたと岡崎から聞いた。

「沢山の人のなかで踊るのは恥ずかしいですし、ここの素敵なダンスホールで踊ってみたいと思っていたのです」

「そうだな。俺も綺麗な鎖子を他の男に見られたくない」

「二人きりでダンスは……どうでしょうか」

「いい提案だ。是非俺とダンスを」

 一度部屋に戻った鎖子は、梅やメイド達に手伝ってもらってドレスを着た。
 
 鎖子のために作られた最高級の絹をたっぷり使ったドレス。
 要の瞳と同じ、真紅のドレスだ。

 髪も結い上げて、宝物のリボンを付ける。

 九鬼兜家のダンスホールで、燕尾服に着替えた要が花束を抱えて待っていた。
 素敵な夫を見て、胸が高鳴っている。
 夫婦になっても、ずっと恋をしているような気持ちだ。

「これを」

「まぁ、なんて可愛いお花。花束なんてびっくりしました」

「海外でいうサプライズプレゼントというやつだ。ガーベラという花らしい。鎖子のように可愛らしいと思って包んでもらった」

 ガーベラを沢山あしらった花束。
 初めて見る花の可愛さに、ドレスを着て少し緊張していた鎖子が微笑む。

「嬉しい。ありがとうございます」
 
「この花達も及ばないほど、俺の花嫁は美しいな」

 要は、照れることなくいつも褒めてくれる。
 
「あの、小等部の卒業パーティーでは……とてもみっともなかったなって思っていて……」

「みっともない? 綺麗だと、俺は褒めたはずだが」

「お世辞ではないかと……思ってしまって」

「お世辞なわけがないだろう。俺がどれだけ綺麗なお前を見て、緊張したか」

「要様……」

 久しぶりの再会に緊張していたのは、要も同じだったのだ。
 
「あんな少しの再会では、本当は我慢できなかった。戻ってあの場で婚約を申し込めばよかったんだ」

「私も……もっと自分の気持ちを伝えられていればと……」
 
「ずっとお前に恋い焦がれていたのに、何も伝えられずにいた……」

「私もです……ずっと……」

 幼少期も、思春期も想うのは要のことばかりだった。
 離れ離れだった長い年月が、もどかしい。
 見つめ合えばお互いの気持ちがわかる。

 伝えられなかった愛を、今は沢山伝えたい。

 花束をダンスホールのテーブルに置いて、要が木製のリングケースをスーツのポケットから取り出した。
 お揃いの白金の指輪が、美しく淡く輝く。

「なんて綺麗なんでしょう」
 
「さぁ、俺の花嫁に指輪を嵌めさせてくれ」

「はい」

 左手の薬指に指輪が嵌められた。
 鎖子も、要の指に指輪を嵌めた。

 お互いの指に馴染んで輝く、結婚指輪。
 改めて要の花嫁になれた喜びを感じる。
 
「私、とても幸せです」

「俺もだよ」

 誰かの薄暗い企みの元で絡みつけられた婚姻でも。
 血塗られた婚姻だとしても……。
 
「どんな罪を背負おうと、俺はお前を花嫁にできて幸せだ」

「私もです……」

「愛している」

「要様、愛しています」

「今日が俺達の結婚式だな」

「私も、そう思っていました」

 抱き締め合って、口付ける。
 何度繰り返しても、この幸せが薄れることはない。
 愛しい人の存在を感じる……大好きな行為……。

 要が、小等部卒業頃に流行っていた曲を蓄音機でかけてくれた。
 幼い頃に数分で終わってしまった再会をまた、やり直す。

「あまりダンスは上手くないと思うのです……」

「それは俺もだ。ダンスより戦術の練習ばかりだったからな」

「私、人と踊るのも初めてで……」

 愛蘭達の嫌がらせもあったが、鎖子自身が要以外の男性に近づくことが嫌だった。
 
「初めての相手が俺で光栄だ」

「失敗しないように、努力します」

「楽しければいいんだよ。さぁ手を」

 手を取り合って、要の手が腰に回され、ゆっくりと踊る。
 二人の結婚指輪が煌めいた。
 
 辛かった過去も、今のこの二人の時間のためだと思えば、少しずつ癒やされていく。
 
 童話のなかの、王子様とお姫様のような時間。

 九鬼兜家の屋敷に響く音楽を聴きながら、使用人の皆が若い夫婦の幸せを願う。
 
 二人の結婚式、最高に幸せな夜。

 ダンスを楽しんだあとは、二人で花がいっぱいの風呂に入って……。
 甘く優しく、とろける時間。

「要様……私は、世界一幸せな花嫁です……」 

「あぁ……俺達は世界一幸せな夫婦だな……鎖子……」

 幸せだけが続く時間……。

 
 だが夜明け前。
 鎖子を抱き締めて眠っていた要に、軍部からの招集命令が下ったのだった。

  
 
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