鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~
九鬼兜要出征
夜明け前に軍部へ呼び出された要だったが、数時間後に帰宅した。
しかし緊迫した空気を感じて、鎖子は状況を察する。
「要様……」
「隣国への軍事作戦に参加することとなった。急に状況が動いた為、すぐに準備して出発せよとの命令だ」
「えっ……一体どんな」
部屋で要が準備する姿を、鎖子は呆然と見守る。
「詳しくは言えないが、まだ妖魔も多い地域だ。対妖魔軍として陸軍の補助として投入される……のが表向きだが、地形的に軍用兵器の搬入に時間がかかる場所で、対人戦力としての配備になるだろうと思っている」
「……戦争が始まるのですか……?」
「……そうだ」
わかっていたが答えを聞いて、胸が張り裂けそうに痛む。
戦争が始まる混乱に、投入される。
それがどれだけ危険なことか……。
「対妖魔軍が人を……殺す武器にされるのですか」
「あぁ……そうなるだろう。まぁ、そんな経験を俺は積んできたんだ。死神だからな俺は」
「か、要様は死神なんかじゃありません……!」
「俺が死神では、妻が可哀想だな」
「いいえ……いいえ。そうじゃなくて……」
「部下達は死なせないよう努める」
要は一旦、手を止めて鎖子の頭を優しく撫でた。
そう、要が死神と呼ばれながら努力してきた力は結局は皆を守るためのもの。
冷徹になり死神にならなければ、帝国を守れないと、選んだ道だった。
鎖子にはそれがわかっていた。
「……いつ、お戻りになられますか……」
「作戦が成功したら……だな。いつ戻れるかは、わからない」
「そんな、こんな事って……いえ、名誉ある、こと……だと思わなければいけないのですよね……」
「無理に喜ばなくていい。帝国のためなど、俺はもう思っていない。お前のために戦い、必ず俺は戻って来る」
「要様……」
「……鎖子、寂しい思いをさせるが……待っていてくれ」
「……はい……ずっとずっとお帰りを待っています……」
泣いてはいけない。
そう思っていても、涙が溢れる。
出発準備に屋敷の皆も、バタバタと忙しなく動く。
要が岡崎に留守中の指示を色々と出し、メイド長も頷き聞いていた。
昨夜の結婚式での祝福ムードから一転、皆が不安そうな顔をする。
軍服に軍帽、刀にマント。
凛々しく立派な軍人姿。
『帝国の死神』『冷徹武士』と呼ばれた九鬼兜要少佐が、戦地へ赴く時間になる。
屋敷の前に、使用人達が並ぶ。
「皆、留守中はよろしく頼む。隣国からでは式神も飛ばせない。鎖子は強い女だが、優しく弱い面もある。皆で支えてやってほしい」
「はい! 要様! 鎖子様を皆で御守りいたします」
「鎖子お嬢様のために、必ず無事に帰ってきてくださいまし!」
「もちろんだ」
梅の叫びに、力強く要が頷く。
使用人全員の目が潤む。
要の傍で、必死に涙を堪らえようとする鎖子。
もう行ってしまわれる。
もう行ってしまわれる。
要に渡そうと、作っていた御守りを握りしめた。
そんな鎖子を見て、要は懐中時計を取り出して時間を確認する。
「鎖子、まだ少しだけ時間がある。二人で庭を散歩しようか」
「は、はい」
優しく手を握られる。
手袋越しでも伝わる温かさ。
「薔薇ももう……終わってしまったな」
春の薔薇はいつの間にか、終わってしまっていた。
要が助けに来てくれた次の日に、此処で鍛錬していた要と話した。
心臓が破裂しそうなほど、緊張して……。
これからどんな夫婦になるのか、想像もつかなくて……。
鎖の儀の後のすれ違いも乗り越えて、愛し合う夫婦になれたのに。
あんなに愛し合って幸せな時間が、真っ逆さまに堕ちていく。
別れの時……。
違う、ただ少しの別れなだけ。
何度もそう思おうとしている。
それなのに、要の姿が涙で見えなくなる……。
「鎖子、おいで」
優しく手を引かれて、要の胸に飛び込んだ。
我慢ができなくなって、鎖子の瞳から大粒の涙が溢れる。
「秋の薔薇が……楽しみです。二人で、二人で見られますね」
「あぁ。一緒に見ような」
「要様……この御守りの刺繍、中途半端になってしまったのですが、中に私の髪の毛を入れております」
「ありがとう。肌身離さず、持っている」
要は指先で愛おしそうに撫でると、御守りを軍服の胸元に仕舞った。
潤っていた幸せが、涙によって流れていく。心の中が枯れていく……。
今朝、眠りを起こされるまで幸せの絶頂だったのに。
「鎖子。俺は必ず帰ってくる」
「はい……待っています。要様……」
鎖子の溢れる涙を、要がそっと拭った。
「愛している」
「愛しています……」
優しく抱きしめられて、唇が触れ合って、呪術紋が熱くなって……離れていく。
「要様、いってらっしゃいませ」
「あぁ。行ってくる」
気丈にと思っていたのに、馬車を見送る鎖子の頬には、やはり涙が流れてしまう。
そうして九鬼兜要少佐は、隣国での作戦のために出征していった。
隣国とはいえ、遠く、遠い。
感じていた呪術紋の絆も、感じなくなってしまった。
要が立って、ガーベラの花も散った一週間後。
鎖子の元には、大学校の退学命令が届いた。
「命令で入学させておいて……今度は退学命令……振り回されているようです」
「まぁでもよかったではありませんか。鎖子お嬢様が屋敷にいてくださった方が皆も安心です」
隣国での戦争が始まったことは、帝国全体に知れ渡った。
だが既に、勝利を確信している報道のされ方をしている。
国民は景気の好転を望み、陸軍および補佐する対妖魔軍に対する激励の声が高まっていた。
それでも、鎖子の心は落ち着かない。
この戦争はこれから複雑化していく……そう予感したからだった。
鎖子は大学校にいる希美に手紙を出して、休日に九鬼兜家屋敷へ招いた。
「帝都の素敵なカフェではなく、屋敷に来てもらってごめんなさい」
「ぜんぜーん! あんな素敵な馬車で迎えに来てもらえて、こんな素敵な紅茶にお菓子! 最高に嬉しいよ」
できるだけ喜んでもらえるように、有名な洋菓子店から買ってきたお菓子に紅茶。
カフェでは話せない話をしたかった。
「大学校では変わりなく?」
「うん。鎖子ちゃんが辞めちゃったから、新しい子が部屋に来たよ。仲良くしてる」
「そうだったんですね……」
少し寂しい気がしてしまった鎖子。
希美に新しい友人ができて良かったと思わなければ……。
「私、鎖子ちゃんいなくなって寂しいんだからね~!? 新しい子が来ても、仲良くしてても親友は鎖子ちゃんだけだよ! 大学校辞めても、ずっと親友だよ!」
「うん、ありがとう希美ちゃん……波太郎さんはお元気ですか?」
「元気だよ~でも兄貴が新しい研究部ができたって言っててね。そっちに人が取られて、めっちゃ忙しいみたい。んで人手不足だから、また研究部に来ないかって言われてるんだよねぇ」
「新しい研究部……」
「謎の研究部!? あはは。あんまりわからなくてごめんね。私は兄貴のいる研究部に誘われてるんだ」
希美が、紅茶を飲みながら笑う。
「希美ちゃん。希美ちゃんが、研究部にいってもいいなら、その方がいいかもしれない」
「え? どうして」
「この先、帝国は……世界との戦争に突入していくと思うんです。そうなったら、鬼人は対人兵器として……。いえ、ごめんなさい。こんな話をして……」
「……ううん。旦那さんが、今そこにいるんだもん。鎖子ちゃんはきっと先の未来を見てるんだよね」
「いえ、ただそう思うだけ……でも、希美ちゃんには戦争に行ってほしくないの……勝手なことを、ごめんなさい」
こんな話を聞かれたら、処罰されてしまうだろう。
それでも言わずには、いられなかった。
「謝ることないよ。ありがとね。人を守った事で、今の地位を得られた鬼人は……また人のために戦うことになっていくのかもね。研究部なら、戦争へ行かずにすむか……人殺しは私には無理だな。うん、兄貴もすごく誘ってくるし、そうしようかな」
「希美ちゃん、よかった」
「鎖子ちゃん。旦那さんが早く帰ってくるといいね」
「はい」
婚姻するまで、再会するまで、十何年想い続けただろうか。
あの地獄で、それでも耐えて生きてこれた。
それなのに、今はこの数週間だけでも苦しくて辛い。
屋敷のどこにいても要の姿を思い浮かべてしまう。
要から譲り受けた千祈を胸に抱き、毎日無事を祈った。
『大日麗帝国快進撃!』
新聞の一覧に、帝国が勝ち進んでいると報道される。
しかし戦いは、それでは終わらなかった。
要は帰ることなく、帝国はさらに進軍する。
金剛ならば、対祓魔軍の状況を知っているのは当然だ。
鎖子が、要の無事を伺いに行こうかと考え続ける日々。
しかし要が出兵して二ヶ月後に、九鬼兜要の『戦死公報』が届いたのだった。
しかし緊迫した空気を感じて、鎖子は状況を察する。
「要様……」
「隣国への軍事作戦に参加することとなった。急に状況が動いた為、すぐに準備して出発せよとの命令だ」
「えっ……一体どんな」
部屋で要が準備する姿を、鎖子は呆然と見守る。
「詳しくは言えないが、まだ妖魔も多い地域だ。対妖魔軍として陸軍の補助として投入される……のが表向きだが、地形的に軍用兵器の搬入に時間がかかる場所で、対人戦力としての配備になるだろうと思っている」
「……戦争が始まるのですか……?」
「……そうだ」
わかっていたが答えを聞いて、胸が張り裂けそうに痛む。
戦争が始まる混乱に、投入される。
それがどれだけ危険なことか……。
「対妖魔軍が人を……殺す武器にされるのですか」
「あぁ……そうなるだろう。まぁ、そんな経験を俺は積んできたんだ。死神だからな俺は」
「か、要様は死神なんかじゃありません……!」
「俺が死神では、妻が可哀想だな」
「いいえ……いいえ。そうじゃなくて……」
「部下達は死なせないよう努める」
要は一旦、手を止めて鎖子の頭を優しく撫でた。
そう、要が死神と呼ばれながら努力してきた力は結局は皆を守るためのもの。
冷徹になり死神にならなければ、帝国を守れないと、選んだ道だった。
鎖子にはそれがわかっていた。
「……いつ、お戻りになられますか……」
「作戦が成功したら……だな。いつ戻れるかは、わからない」
「そんな、こんな事って……いえ、名誉ある、こと……だと思わなければいけないのですよね……」
「無理に喜ばなくていい。帝国のためなど、俺はもう思っていない。お前のために戦い、必ず俺は戻って来る」
「要様……」
「……鎖子、寂しい思いをさせるが……待っていてくれ」
「……はい……ずっとずっとお帰りを待っています……」
泣いてはいけない。
そう思っていても、涙が溢れる。
出発準備に屋敷の皆も、バタバタと忙しなく動く。
要が岡崎に留守中の指示を色々と出し、メイド長も頷き聞いていた。
昨夜の結婚式での祝福ムードから一転、皆が不安そうな顔をする。
軍服に軍帽、刀にマント。
凛々しく立派な軍人姿。
『帝国の死神』『冷徹武士』と呼ばれた九鬼兜要少佐が、戦地へ赴く時間になる。
屋敷の前に、使用人達が並ぶ。
「皆、留守中はよろしく頼む。隣国からでは式神も飛ばせない。鎖子は強い女だが、優しく弱い面もある。皆で支えてやってほしい」
「はい! 要様! 鎖子様を皆で御守りいたします」
「鎖子お嬢様のために、必ず無事に帰ってきてくださいまし!」
「もちろんだ」
梅の叫びに、力強く要が頷く。
使用人全員の目が潤む。
要の傍で、必死に涙を堪らえようとする鎖子。
もう行ってしまわれる。
もう行ってしまわれる。
要に渡そうと、作っていた御守りを握りしめた。
そんな鎖子を見て、要は懐中時計を取り出して時間を確認する。
「鎖子、まだ少しだけ時間がある。二人で庭を散歩しようか」
「は、はい」
優しく手を握られる。
手袋越しでも伝わる温かさ。
「薔薇ももう……終わってしまったな」
春の薔薇はいつの間にか、終わってしまっていた。
要が助けに来てくれた次の日に、此処で鍛錬していた要と話した。
心臓が破裂しそうなほど、緊張して……。
これからどんな夫婦になるのか、想像もつかなくて……。
鎖の儀の後のすれ違いも乗り越えて、愛し合う夫婦になれたのに。
あんなに愛し合って幸せな時間が、真っ逆さまに堕ちていく。
別れの時……。
違う、ただ少しの別れなだけ。
何度もそう思おうとしている。
それなのに、要の姿が涙で見えなくなる……。
「鎖子、おいで」
優しく手を引かれて、要の胸に飛び込んだ。
我慢ができなくなって、鎖子の瞳から大粒の涙が溢れる。
「秋の薔薇が……楽しみです。二人で、二人で見られますね」
「あぁ。一緒に見ような」
「要様……この御守りの刺繍、中途半端になってしまったのですが、中に私の髪の毛を入れております」
「ありがとう。肌身離さず、持っている」
要は指先で愛おしそうに撫でると、御守りを軍服の胸元に仕舞った。
潤っていた幸せが、涙によって流れていく。心の中が枯れていく……。
今朝、眠りを起こされるまで幸せの絶頂だったのに。
「鎖子。俺は必ず帰ってくる」
「はい……待っています。要様……」
鎖子の溢れる涙を、要がそっと拭った。
「愛している」
「愛しています……」
優しく抱きしめられて、唇が触れ合って、呪術紋が熱くなって……離れていく。
「要様、いってらっしゃいませ」
「あぁ。行ってくる」
気丈にと思っていたのに、馬車を見送る鎖子の頬には、やはり涙が流れてしまう。
そうして九鬼兜要少佐は、隣国での作戦のために出征していった。
隣国とはいえ、遠く、遠い。
感じていた呪術紋の絆も、感じなくなってしまった。
要が立って、ガーベラの花も散った一週間後。
鎖子の元には、大学校の退学命令が届いた。
「命令で入学させておいて……今度は退学命令……振り回されているようです」
「まぁでもよかったではありませんか。鎖子お嬢様が屋敷にいてくださった方が皆も安心です」
隣国での戦争が始まったことは、帝国全体に知れ渡った。
だが既に、勝利を確信している報道のされ方をしている。
国民は景気の好転を望み、陸軍および補佐する対妖魔軍に対する激励の声が高まっていた。
それでも、鎖子の心は落ち着かない。
この戦争はこれから複雑化していく……そう予感したからだった。
鎖子は大学校にいる希美に手紙を出して、休日に九鬼兜家屋敷へ招いた。
「帝都の素敵なカフェではなく、屋敷に来てもらってごめんなさい」
「ぜんぜーん! あんな素敵な馬車で迎えに来てもらえて、こんな素敵な紅茶にお菓子! 最高に嬉しいよ」
できるだけ喜んでもらえるように、有名な洋菓子店から買ってきたお菓子に紅茶。
カフェでは話せない話をしたかった。
「大学校では変わりなく?」
「うん。鎖子ちゃんが辞めちゃったから、新しい子が部屋に来たよ。仲良くしてる」
「そうだったんですね……」
少し寂しい気がしてしまった鎖子。
希美に新しい友人ができて良かったと思わなければ……。
「私、鎖子ちゃんいなくなって寂しいんだからね~!? 新しい子が来ても、仲良くしてても親友は鎖子ちゃんだけだよ! 大学校辞めても、ずっと親友だよ!」
「うん、ありがとう希美ちゃん……波太郎さんはお元気ですか?」
「元気だよ~でも兄貴が新しい研究部ができたって言っててね。そっちに人が取られて、めっちゃ忙しいみたい。んで人手不足だから、また研究部に来ないかって言われてるんだよねぇ」
「新しい研究部……」
「謎の研究部!? あはは。あんまりわからなくてごめんね。私は兄貴のいる研究部に誘われてるんだ」
希美が、紅茶を飲みながら笑う。
「希美ちゃん。希美ちゃんが、研究部にいってもいいなら、その方がいいかもしれない」
「え? どうして」
「この先、帝国は……世界との戦争に突入していくと思うんです。そうなったら、鬼人は対人兵器として……。いえ、ごめんなさい。こんな話をして……」
「……ううん。旦那さんが、今そこにいるんだもん。鎖子ちゃんはきっと先の未来を見てるんだよね」
「いえ、ただそう思うだけ……でも、希美ちゃんには戦争に行ってほしくないの……勝手なことを、ごめんなさい」
こんな話を聞かれたら、処罰されてしまうだろう。
それでも言わずには、いられなかった。
「謝ることないよ。ありがとね。人を守った事で、今の地位を得られた鬼人は……また人のために戦うことになっていくのかもね。研究部なら、戦争へ行かずにすむか……人殺しは私には無理だな。うん、兄貴もすごく誘ってくるし、そうしようかな」
「希美ちゃん、よかった」
「鎖子ちゃん。旦那さんが早く帰ってくるといいね」
「はい」
婚姻するまで、再会するまで、十何年想い続けただろうか。
あの地獄で、それでも耐えて生きてこれた。
それなのに、今はこの数週間だけでも苦しくて辛い。
屋敷のどこにいても要の姿を思い浮かべてしまう。
要から譲り受けた千祈を胸に抱き、毎日無事を祈った。
『大日麗帝国快進撃!』
新聞の一覧に、帝国が勝ち進んでいると報道される。
しかし戦いは、それでは終わらなかった。
要は帰ることなく、帝国はさらに進軍する。
金剛ならば、対祓魔軍の状況を知っているのは当然だ。
鎖子が、要の無事を伺いに行こうかと考え続ける日々。
しかし要が出兵して二ヶ月後に、九鬼兜要の『戦死公報』が届いたのだった。