鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

十六歳・再会、哀しみの雨

 そして短い再会から三年後。
 鎖子十六歳。要十八歳。
 屋敷では、女中達用の部屋に追いやられてしまった。
 毎日女中のように働かされて、高等部へ通う日々。

 学校で学んでいる時が、一番楽しい時だった。
 対妖魔軍として活躍するために、結界の張り方や、戦闘で使用する術なども学ぶ。
 刀を使った武術も習うが、鎖子は才能を発揮した。

「クサ子、あんたは私より筆記試験の点数とるんじゃないわよ!」

「わかっています」

「でも、私は剣術も嫌いだし、戦闘妖術も苦手だし、治癒術なんか無理に決まってるし……柳善縛家の名に傷がついても困るから、そっちは首席になりなさいよね!」

 無茶苦茶な言い草だ。

「……はい」

「ふん! 辛気臭い顔!」
 
 この頃は鎖子の美しさが、一層開花して、誰もが振り返るほどになってきた。
 愛蘭のいじめは相変わらずなので、誰も鎖子に近寄れないが密かに皆の憧れの存在になっている。

 昼休みの読書時間など楽しみを見つけて、なんとか苦しい環境でも鎖子は強く生き抜いていた。
 そんな鎖子の一番の希望は、やはり要からの葉書だった。

 愛蘭に奪われないように、いつも鎖子が一番に郵便箱を見る。

 なんと今日は葉書が届いていたのだ。
 
「要様からの葉書だわ……! 嬉しい」

 感激して胸に抱く。
 
「……でも要様へのお返事はきちんと届いているのかしら……リボンのお礼を書いた葉書……届いてるといいのだけど」

 愛蘭に葉書交換も止められそうになったが、買い物などの小間使いもさせられるので返事は出すことができた。
 ただ、要からは綺麗な風景絵画の絵葉書に一言挨拶を添えたものだったので、鎖子も一言だけで返事を出す。
 
「桜の絵は……帝国らしくていいわよね。なんて一言を添えようかしら」
 
 鎖子にはずっと、要が初恋の英雄だ。
 虐げられ続けても、心に想う相手がいるだけで慰めになる。
 きっともう、要にとっては友人の一人という関係なのだろうが、それでも良かった。
 
 その年の秋に、九鬼兜家当主……要の父が急死した。
 ちょうど隣国にいた要は、すぐに帰国したという。
 五大家の当主が亡くなって、当然に柳善縛家にも葬儀の知らせが来た。

「要様のお父様が……」
 
 しかし鎖子は葬儀に出席する立場はない。
 
 このままでは、叔父だけが柳善縛家代理当主として出席して終わりになってしまう。

「叔父様、お願いします。私も一緒に、連れていってくださいませんか」
 
「お前が葬儀に出席したら、香典が高くつくじゃないか」

 叔父には当然に、却下されてしまう。
 
「どうしても要様にお悔やみをお伝えしたいんです。両親の葬儀の時に、声をかけてもらった御恩があるんです」

「ふむ……まぁ九鬼兜家に恩を売っておくのも、いいだろう」
 
 言うことが全て下劣な叔父だ。
 だが、葬儀に参加できることにはなった。

 冷たい雨が降り続いていた。
 
 そこで再び出逢った……要。

 父の死を目の当たりにした青年とはいえ、凍りつくような迫力があった。
 
 後妻の眞規子が要の傍に寄り添おうとしていたが、誰をも寄せ付けぬ気迫で彼は喪主を務めた。
 要の軍服には、もう様々な勲章が胸元で静かに輝いている。
 
 誰もが恐れる帝国の冷徹武士。
 長い留学生活で、彼はそう呼ばれるようになっていた。
 そして帝国内でも、彼がそう呼ばれる決定的な時になったのかもしれない。
 誰もが、彼を恐れていた。

「要様……」
 
 でもきっと、父の死を誰よりも悲しんでいるに違いないと……鎖子は思った。
 
 葬式のあとに、鎖子は要に近づいた。
 要の父の祭壇前。
 彼に声をかける者は誰もおらず、もう要と鎖子の二人きり。

「あの……要さ……」

「鎖子か」

「はい。……この度は……」

「薄汚いな……この世界は」

「……えっ……」

「薄汚く、醜く、こんな奴らのために……俺は……」

「要様」

「……鎖子……お前は、今幸せか?」

「……私は……」

 答えられない。
 幸せなど、ずっと感じたことは無い。
 ただ必死に生きてただけ。

 鎖子の表情を見て、要は顔を歪ませた。

「……俺に近づくな。此処からすぐに去れ」

 ゆらりと、要から殺気が溢れ出るのを感じた。
 
「あっ……」

 その殺気は鎖子に向けられたものだと思い、鎖子は青ざめる。

「要様……あの、申し訳ありません……」
 
 要は無言で去って行く、鎖子はもう何も言えず立ち尽くした。

 雨は更に激しくなっていく。

 どうして、自分なんかが声をかけて彼を慰められると思ったのか。

 自分はとんでもない失態をして、要を怒らせてしまった。
 そう思うと、絶望しかなかった。

 家でも虐待されながら、どうして生きているのか、わからない日々。
 それでも、生きていくしかない。
 どこかで、要に言われた『誇り高く生きろ』という言葉を覚えているからかもしれない。
 
 そして鎖子十八歳。
 高等部を卒業する数日前に、まさかの嫁入り話が舞い込んできたのだ。
 
 
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