鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~
信じたくないこと
『戦死公報』
それは戦地へ赴いた軍人の、戦死を知らせる一報だ。
屋敷のなかでは皆が悲しみに暮れる。
それでも鎖子は、皆の前で涙を流さなかった。
要の書斎で、岡崎と二人話す鎖子。
「……葬式はいたしません」
「鎖子様」
「遺骨もありません。信じることはできません」
鎖子を見て、岡崎が黙って一礼し部屋を出て行った。
九鬼兜家当主が戦死を遂げたのは、帝国が認めた公的な『事実』だ。
様々な手続きが必要であるし、葬式をしないなど言語道断なのもわかっている。
それでも信じられない。
「……要様……」
胸が張り裂けて、血が吹き出そう。
苦しくて、苦しくて、辛くてたまらない。
お腹の呪術紋を撫でても、もう何も感じない。
ただ、距離があるからだ。
要の生死には関係ない――そう思い、考えないようにしていた。
亡くなったなんて信じない。
「帰ってくると言っていたもの……!!」
要の部屋で、ただ自分の声だけが虚しく響く。
「要様は、帰ってきます……絶対に……」
言葉とは裏腹に、涙が頬を伝う。
辛くて苦しくて、全て終わらせてしまいたくなる。
要様と、一緒にいたい――。
そんな想いが胸を駆け巡り、胸を締め付ける。
要に言われた言葉が、鎖のように鎖子を縛る。
『だから鎖子も何があっても、生き延びると約束してほしい』
でもそれは、二人で……いつか三人で……という約束だった。
千折を抜刀しかけて、また収める日々。
要の戦死公報が届いてから、五日後。
「金剛から……?」
鎖子へ統率院に来るようにと、電報が届いたのだ。
「鎖子お嬢様、危険ですよ。あいつらは、また良からぬことを考えているに違いありません」
梅が心配そうに言う。
鎖子がほとんど食事も摂れず眠れずで、どんどん痩せていくのを梅は涙を堪えながら見守り続けている。
「こんなお身体で、出掛けてはいけません」
「心配かけてごめんなさい、梅さん。……でも、もしかしたら極秘任務で要様がどこか無事でいらっしゃる……とかそういう報告かもしれません。表向きには戦死という事にしているとか、そういう話かもしれないわ」
鎖子が自分の指に光る結婚指輪を握りしめながら言う。
その頬にはもう涙が伝っていた。
「それでは私もお供いたします!」
「えっ……梅さん」
「鎖子様、この岡崎もお供いたします」
メイド服の腕をまくり上げ、拳をつくる梅。
横で、岡崎も静かに頷いた。
「岡崎さんまで……」
「当然です。この岡崎、坊ちゃまの留守の時は、鎖子様も梅さんも御守りいたします……!」
「梅さん、岡崎さん。ありがとうございます」
鎖子が統率院へ向かう日は、屋敷に残る者達と計画を立てた。
御者は岡崎ではなく別の者が待機し、異変があればすぐに駐在所へ。
半日戻らなければ、一日戻らなければ、と鎖子の身に何か起きれば対応ができるように、との配慮だ。
駐在所へ訴えたところで金剛に手を回されてしまうかもしれないが、そうなれば新聞社に……皆で統率院に乗り込む……など色々な意見が出た。
皆が要の妻である鎖子を、どれだけ大切に思っているかが身に沁みてわかる時間だった。
「皆様、ありがとうございます。必ず、無事に帰ってきますね」
鎖子は、梅と岡崎を伴って、統率院に来た。
鎖の儀や要と一緒の時は、帯刀していなかったが今回は千祈を帯刀し、髪を一本に縛って袴姿でやってきた。
「武器はお預かりいたします」
しかし、統率院の門で止められてしまう。
「そんな決まりは、今までなかったはずですが」
「統率院での謀反が起きてから、決定いたしました。それに九鬼兜家は既に五大家を追放されています。帯刀しての謁見はできません」
要がいれば、そんな風には言われなかったかもしれない。
自分の威厳のなさを感じてしまう。
「この刀は、私の半身です。丁寧に扱ってくださいね」
鎖子は、要から譲り受けた千祈を。梅や岡崎も短刀や銃を渋々預けたのであった。
「来たか。鎖子姫」
姫とも思っていないくせに、この呼び方が気に障る。
殿様のように、一段高い上段から笑う金剛。
その手前に座っているのは、金剛将暉に、叔父、叔母、そして愛蘭だった。
鎖子が座り、離れた後ろに梅と岡崎が座った。
「何故……この方達まで……?」
「ガッハッハ! 家族じゃないか!!」
豪快に唾を飛ばしながら笑う。
何故か、ニヤニヤと赤い顔をした将暉がこちらを見てくる。
ただただ不快だ。
「私がお呼び出しを受けた理由を、伺いたいのですが……」
この嫌な空間に来たのも、要の無事を聞くためだ。
鎖子は正座で静かに頭を下げながら、金剛の言葉を待つ。
「まずは、おめでとう!!」
「えっ……」
鎖子は頭を上げて、金剛を見る。
やはり生きている……! そう思った。
「九鬼兜要少佐、戦死おめでとう! 要殿は帝国のために散った英雄だ! 英雄万歳!!」
「なっ……」
「彼は戦地で爆撃や銃撃を受け、死体も残らないほどに全てが四散したということだ……! 帝国のために、その命を散らした! あぁ素晴らしき最期! あぁ英雄!!」
「……っ」
鎖子は声も出なかった。
頭を殴られたような、どこから飛び降り全身を打ち付けたような衝撃を感じた。
「二階級特進!! おめでとう!! おめでとう!!」
「英雄万歳! 戦死万歳! 戦死おめでとうございます!! 二階級特進!! おめでとうございます!!」
パチパチ……と横の四人も笑いながら拍手した。
鎖子の顔から、血の気が引いてくる。
「めでたい! めでたい! ガッハッハ!!」
あまりの仕打ちに、鎖子の両目からボロボロと涙が溢れこぼれ落ちた。
「……やめて……やめてください……! 何が楽しくて、こんな茶番を……!! 酷い……! 私は失礼します!」
鎖子が泣き叫んで、立ち上がったが倒れそうになる。
後ろで座っていた梅と岡崎が、鎖子を庇うように支えた。
「茶番ではない! これからが本番なのだ! 婚姻の儀をするぞ! 花嫁よ!!」
「婚姻?……花嫁……?」
金剛が何を言い出したのか、鎖子には全く理解できなかった。
それは戦地へ赴いた軍人の、戦死を知らせる一報だ。
屋敷のなかでは皆が悲しみに暮れる。
それでも鎖子は、皆の前で涙を流さなかった。
要の書斎で、岡崎と二人話す鎖子。
「……葬式はいたしません」
「鎖子様」
「遺骨もありません。信じることはできません」
鎖子を見て、岡崎が黙って一礼し部屋を出て行った。
九鬼兜家当主が戦死を遂げたのは、帝国が認めた公的な『事実』だ。
様々な手続きが必要であるし、葬式をしないなど言語道断なのもわかっている。
それでも信じられない。
「……要様……」
胸が張り裂けて、血が吹き出そう。
苦しくて、苦しくて、辛くてたまらない。
お腹の呪術紋を撫でても、もう何も感じない。
ただ、距離があるからだ。
要の生死には関係ない――そう思い、考えないようにしていた。
亡くなったなんて信じない。
「帰ってくると言っていたもの……!!」
要の部屋で、ただ自分の声だけが虚しく響く。
「要様は、帰ってきます……絶対に……」
言葉とは裏腹に、涙が頬を伝う。
辛くて苦しくて、全て終わらせてしまいたくなる。
要様と、一緒にいたい――。
そんな想いが胸を駆け巡り、胸を締め付ける。
要に言われた言葉が、鎖のように鎖子を縛る。
『だから鎖子も何があっても、生き延びると約束してほしい』
でもそれは、二人で……いつか三人で……という約束だった。
千折を抜刀しかけて、また収める日々。
要の戦死公報が届いてから、五日後。
「金剛から……?」
鎖子へ統率院に来るようにと、電報が届いたのだ。
「鎖子お嬢様、危険ですよ。あいつらは、また良からぬことを考えているに違いありません」
梅が心配そうに言う。
鎖子がほとんど食事も摂れず眠れずで、どんどん痩せていくのを梅は涙を堪えながら見守り続けている。
「こんなお身体で、出掛けてはいけません」
「心配かけてごめんなさい、梅さん。……でも、もしかしたら極秘任務で要様がどこか無事でいらっしゃる……とかそういう報告かもしれません。表向きには戦死という事にしているとか、そういう話かもしれないわ」
鎖子が自分の指に光る結婚指輪を握りしめながら言う。
その頬にはもう涙が伝っていた。
「それでは私もお供いたします!」
「えっ……梅さん」
「鎖子様、この岡崎もお供いたします」
メイド服の腕をまくり上げ、拳をつくる梅。
横で、岡崎も静かに頷いた。
「岡崎さんまで……」
「当然です。この岡崎、坊ちゃまの留守の時は、鎖子様も梅さんも御守りいたします……!」
「梅さん、岡崎さん。ありがとうございます」
鎖子が統率院へ向かう日は、屋敷に残る者達と計画を立てた。
御者は岡崎ではなく別の者が待機し、異変があればすぐに駐在所へ。
半日戻らなければ、一日戻らなければ、と鎖子の身に何か起きれば対応ができるように、との配慮だ。
駐在所へ訴えたところで金剛に手を回されてしまうかもしれないが、そうなれば新聞社に……皆で統率院に乗り込む……など色々な意見が出た。
皆が要の妻である鎖子を、どれだけ大切に思っているかが身に沁みてわかる時間だった。
「皆様、ありがとうございます。必ず、無事に帰ってきますね」
鎖子は、梅と岡崎を伴って、統率院に来た。
鎖の儀や要と一緒の時は、帯刀していなかったが今回は千祈を帯刀し、髪を一本に縛って袴姿でやってきた。
「武器はお預かりいたします」
しかし、統率院の門で止められてしまう。
「そんな決まりは、今までなかったはずですが」
「統率院での謀反が起きてから、決定いたしました。それに九鬼兜家は既に五大家を追放されています。帯刀しての謁見はできません」
要がいれば、そんな風には言われなかったかもしれない。
自分の威厳のなさを感じてしまう。
「この刀は、私の半身です。丁寧に扱ってくださいね」
鎖子は、要から譲り受けた千祈を。梅や岡崎も短刀や銃を渋々預けたのであった。
「来たか。鎖子姫」
姫とも思っていないくせに、この呼び方が気に障る。
殿様のように、一段高い上段から笑う金剛。
その手前に座っているのは、金剛将暉に、叔父、叔母、そして愛蘭だった。
鎖子が座り、離れた後ろに梅と岡崎が座った。
「何故……この方達まで……?」
「ガッハッハ! 家族じゃないか!!」
豪快に唾を飛ばしながら笑う。
何故か、ニヤニヤと赤い顔をした将暉がこちらを見てくる。
ただただ不快だ。
「私がお呼び出しを受けた理由を、伺いたいのですが……」
この嫌な空間に来たのも、要の無事を聞くためだ。
鎖子は正座で静かに頭を下げながら、金剛の言葉を待つ。
「まずは、おめでとう!!」
「えっ……」
鎖子は頭を上げて、金剛を見る。
やはり生きている……! そう思った。
「九鬼兜要少佐、戦死おめでとう! 要殿は帝国のために散った英雄だ! 英雄万歳!!」
「なっ……」
「彼は戦地で爆撃や銃撃を受け、死体も残らないほどに全てが四散したということだ……! 帝国のために、その命を散らした! あぁ素晴らしき最期! あぁ英雄!!」
「……っ」
鎖子は声も出なかった。
頭を殴られたような、どこから飛び降り全身を打ち付けたような衝撃を感じた。
「二階級特進!! おめでとう!! おめでとう!!」
「英雄万歳! 戦死万歳! 戦死おめでとうございます!! 二階級特進!! おめでとうございます!!」
パチパチ……と横の四人も笑いながら拍手した。
鎖子の顔から、血の気が引いてくる。
「めでたい! めでたい! ガッハッハ!!」
あまりの仕打ちに、鎖子の両目からボロボロと涙が溢れこぼれ落ちた。
「……やめて……やめてください……! 何が楽しくて、こんな茶番を……!! 酷い……! 私は失礼します!」
鎖子が泣き叫んで、立ち上がったが倒れそうになる。
後ろで座っていた梅と岡崎が、鎖子を庇うように支えた。
「茶番ではない! これからが本番なのだ! 婚姻の儀をするぞ! 花嫁よ!!」
「婚姻?……花嫁……?」
金剛が何を言い出したのか、鎖子には全く理解できなかった。