鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

おぞましき獣達・1

「う……」

 針を打たれ気絶してしまった鎖子が、目を覚ました。

 意識が混濁するなかでも、鎖子は必死に現状を把握することに頭を動かす。

 梅と岡崎を人質に捕られ、自分が囚われてしまった……。
 でも、彼らを犠牲にする事など絶対にできない。
 自分もだが、彼らも絶対に救わなければ。

 まず今の状況を把握する必要がある。

 うっすらと目を開ける。
 薄暗く、今が昼間なのか夜なのかもわからない。

 病室のような洋風部屋で、ベッドに寝かされていた。

 両腕の拘束、両足も拘束されている……。
 特殊な護符で、鬼妖力が使えないようにされていて鎖も出せない。
 袴は脱がされて、検査着に着替えさせられていた。

 着替えさせられただけだ。
 何もされていない。
 絶対に大丈夫。
 狼狽(うろた)えてはいけない。

 暴れて叫び出したい気持ちを冷静に……落ち着かせる。
 ここで混乱し発狂しては負けてしまう。

 しかし、

「鎖子」

 寒気のする声が頭上から聞こえた。
 叔父が鎖子の顔を覗き込んできたのだ。

 あまりの不気味さに、心拍数が上がる。
 必死に叔父を睨んだ。

「……叔父さ……いいえ、柳善縛を乗っ取った、元研究員の和博(かずひろ)……一体……何を企んでいるの……」

「……ふぅむ……これもいい研究だ。生かさず殺さず虐待し続けたのになぁ~……お前はどうして、いつまでも従わぬ。心の綺麗な天女のままなのだ」

「……私は、天女なんかじゃありません……苦しかった憎かった……でも、要様が心の中にいてくださったから耐えられただけ……私は柳善縛家の当主……あなた達のような下衆な外道になりたくなかったから……」

「当主の誇りでかぁ? そんなこともあるのだな……ふぅむ……計算違いだ」

 研究材料を見るような瞳だ。
 ギラギラと、そして冷たく、ビー玉のような爬虫類の瞳。
 
「要様が本当にこの世にいないのであれば、私はもう生きている意味はありません。自害させてください。私は帝国のために、誰かに嫁入りなどしたくはありません」

「はは……お前は帝国のために嫁入りするわけじゃない……勝時様のためだけの器だ」

 和博にも金剛にも、帝国のためなどという大義はもうなかった。

「……なにを……企んでいるの……? あの男を減退させてどうするつもり……?」

 それが最大の謎だ。
 金剛勝時が、鎖子を愛しているわけがない。
 何故、力を減退させてまで鎖子を手に入れるのか……?
 
「減退じゃあないんだよぉ。逆だ、逆」

「えっ……?」

「これは私が研究し続けたことなのだ。柳善縛(りゅうぜんばく)家とはなんなのか? 謎すぎる一族だ……鬼人の力を吸い続け、罰を与える執行官! 吸った力は……どこへいく?」

「ひっ」

 縛られた鎖子の検査着を叔父はめくる。
 呪術紋が露わになった腹を、舐めるように見つめて笑う。
 ……和博は触れようとしたが、しなかった。

「いやぁ……恐れ多くて触れることができないよ……なんて神々しいんだ」

「一体……これ以上、私に何をさせる気なの……?」

 和博は、高らかに笑い出す。
 笑う般若のように、顔を歪ませ嬉しそうに大笑いする。

「ここに貯めた力を……奪い取る術薬(じゅつやく)を開発したんだよ……!!」

 ここまで不気味な笑みを、鎖子は見たことがなかった。

「う……奪い取る術薬……?」

「長く使われることのなかった柳善縛(りゅうぜんばく)家の鎖の儀。本来は、罰を受け罪を償った鬼人にいつか力を返すものだが……それも謎の術だった。どうやってやるのか謎なんだよ。……。しかし奪った力を、本人になど返さずに利用できたら? 例えば……莫大な力を鎖の儀で奪い……それを違う相手に……移し替えることはできないか……?」

「……そんな……恐ろしい事を、研究していたの……」

「素晴らしい研究だ。老化を恐れる勝時様が、莫大な費用と資料をくださった……そして薬が完成したんだよ。名付けて転用鎖(てんようくさり)の儀薬だ」

「転用……? まさか要様の力を……」

「そのまさかだ。お前はただの、器なのだよ……年老いた金剛氏が、若々しい九鬼兜要の力をお前から奪い取って若返るためのな……鎖子……また眠れ……勝時様の花嫁よ……」

「うそ……いや……それで要様と私を!? ……いや! いやぁ……! 絶対にいやよ!」

 要様……助けて!!
 そう叫んでも虚しく、鎖子の意識は遠のいていった。

 それから時間がどれくらい経ったのか、鎖子にはわからない。

 気付けば……白無垢姿で、横たわっていた。
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