鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

おぞましき獣達・2

 
 気付けば……白無垢姿で、横たわっていた。
 先ほどとは違う、畳部屋の牢獄のようだった。
 手と足に手錠をかけられている。

 着替えさせられている事に嫌悪するが、今それを嘆いても仕方がない。

「う……ここはどこ……?」

 また毒が効いて、動けないし、鎖も出せない。
 でも頭は冴えて、声は出る。
  
 恐ろしく悍ましい企みを聞いた。
 こんなにも準備をして……本気なのだ。彼らは。

 早くここから逃げなければ……。
 梅と岡崎はこの近くにいないだろうか?

 薄暗さは変わらず、不気味な牢獄。

「梅さん……岡崎さん……どこ……」
 
 気付くと、叔母が微笑んで目の前に座っていた。
 若い娘より派手な着物で、扇子を持って笑う。

「可愛い鎖子ちゃぁん……今日は結婚おめでとう」

「く……よくも……」

 この女に助けを求めても、無駄だ。
 叔父から叔母へと、悪夢のような時間。

「金剛家の嫁になれるんだから、喜びなさい?」

「喜ぶわけがないわ……」

「あんたのその顔、姉さんにそっくりねぇ」

 急に冷めたような瞳になる。
 長年の折檻で、自然に身体がビクリとなったが、鎖子は怯えを心から追い出す。
 
「私の両親を……貴女は自分の姉を殺したの……?」

「そうだけどぉ?」

「……っ……何故……」

「何故……? 姉さんなんか大嫌いだったの。私より美しくて可憐で誰からも愛されて……ムカつく! ずっと邪魔で殺したかった! 家を出て、街で飲み歩いてた時に和博に声をかけられたの。知ってた? うちは仮面夫婦なの。愛蘭は違う男の子どもなのよ。まぁもう関係ない男のね」

「そんなの……ただの嫉妬じゃない……最低な人……だわ」

「おほほ。嫉妬じゃないわ、制裁よ。金剛氏にお前を売って、私は将来安泰の大金持ちよ。これで男達と死ぬまで遊べるわぁん。ありがとねぇ! 姉さんの形見ちゃん」

「……殺す……」

 鎖子から殺意が滲む。

「やだぁ怖い怖い。さぁ愛蘭、最後に言っておやりなさい。金剛氏のお嫁さんになったら、あんたでも、もういじめられないわよぉ」

「……愛蘭……」

 青白い顔の愛蘭が近づいてくる。
 先程の父親の話は知っていたのだろうか?
 いや、鎖子ももう愛蘭に同情など一切する気はない。

 愛蘭は勢いよく、倒れている鎖子の目の前に座った。
 畳が揺れる。
 
「子どもの時、お前の母親の本は……もちろんお父様に渡したんだよ。お前をいじめまくったら将暉と婚約できるって言うからさ……それなのに、なんなんだよお前はぁ~~私の将暉を……!」

 そう言って、愛蘭が太い掌を鎖子の頬に打ち付けた。

「ぐっ……!」

「きゃははははー! ブスのクサ子!」
 
「愛蘭、顔にはやめなさい。もう金剛の女なのよ」

「……違う……私の夫は要様だけ……」

「将暉を誘惑しただろっ!!」

「……そんなの知らないわ……!」

 将暉になど、全くもって興味がない。
 醜い二人のいざこざに巻き込まないでほしいと心底思う。

「そうよぉ、愛蘭。気にすることないわ。将暉さんも今は混乱してるだけ……あんたは私に似てなくてブスだけど、きっと結婚はしてくれるわ。柳善縛家の長女には、人を惑わすいやらしい媚薬が香ってるのよ」

「そうだ! 将暉を、かどかわした……汚らしい女め!」

 母の自分を愚弄する言葉に気付かない愛蘭は、一緒に鎖子を罵倒する。

「私はずっと要様だけを慕っていたの!」

「カナメサマカナメサマ……うるせぇ……そういえばさぁ~九鬼兜先輩からの手紙ってこれ?」

 目の前で、便箋がバサバサと振られた。
 適当に封を切られた封筒がまず目の前に落ちてきた。

「まさか……これは……」

 封筒の名に『KANAME KUKITU』の文字が見える。

「あーははは! 私が奪って隠してたんだよ~~!! 馬鹿めがぁ! お前が幸せになるなんて、許されるわけないんだよ!!」

「返して……返して!!」

「ふふふ、愛蘭ちゃん~。このお手紙を渡して、終わりにしましょうね。顔にも身体にも傷をつけてはいけないの。この子はもう、金剛氏に抱かれボロボロにされちゃうんだから~あのおじさん精力すごいのよ。……あぁ~莫大なお金が手に入るの嬉しいわぁ!」

「そう、そう……そうだ!! お前なんか、九鬼兜先輩を殺し、将暉を狂わせた悪女だ! あの金剛のおっさんに抱き潰されて死ね……!!」

 顔に、便箋を叩きつけられ女二人は出て行った。

 ゆらり……ゆらりと殺意の鎖が揺れるが、具現化はできない。

 そして拘束されながらも、唇で便箋を目元まで持ってきて一文字、一文字目を通す。

 

『拝啓 柳善縛鎖子様

 先日は、父の葬儀において大変無礼な態度をとってしまったことを謝りたく、そして伝えたい事があり手紙を書きました。

 あの日貴女と再会したのは、父の死因を知り、取り乱してしまっていた時でした。
 汚い陰謀が、渦巻いていると知ったのです。
 あの時、私は怒りに震え、全てを斬り殺さんと我を失っておりました。
 もし貴女が声をかけてくれていなければ、私は彼らを斬り殺し、処刑されていたことでしょう。
 
 貴女の声が、私を正気に戻してくれました。

 それにも関わらず、無慈悲な態度をとってしまったことを、心からお詫びいたします。
 貴女を巻き込みたくない一心で、あのような態度をとってしまいました。

 今、私は何が正しいのか全くわからなくなっています。
 それでも、幼い頃に貴女と交わした約束だけを胸に、努力し続けてきました。
 あの約束を、貴女はもう忘れてしまったでしょうか。

 あと数年で、本国に戻ります。
 その時に、約束どおり私の妻になっていただけませんか。
 軍人の妻として、寂しい思いをさせてしまうことも多々あるでしょうが、それでも精一杯幸せにすると誓います。
 もしも貴女が、すぐにでも迎えに来てほしいと言うのであれば、今すぐ本国へ迎えに行く覚悟もあります。

 貴女を傷つけてしまった男が何を言うのかと思われるでしょうが、もし同じ気持ちであるならば、どうか返事をください。

 敬具 九鬼兜要』



 鎖子の瞳から、溢れる涙。

「あ……」

 愛しくて、哀しくて、愛しくて、辛くて声にならない。

「あぁ……あぁ……うぁああああああっ!!」

 もしも、この手紙が届いていたらすぐに柳善縛家から逃げ出して……。

 十六歳で要の花嫁になっていた。

 どこか遠い場所で、要の留学先で軍人の妻でもいい。
 
 あの湖畔の家で、何もかも最初から始めていい。

 若い二人で、どんな苦難があっても、きっと乗り越えていた。
 何が起きても、二人ならきっと幸せだった。絶対に幸せだった。
 
 想い合う二人の、狂わされた運命。

 この手紙を失った代償はあまりに大きかった。
 
 鎖子の泣き声が、暗い牢獄に響く。

「要様……っ要様……うぅっ……」 
 
 白無垢を破こうにも、動けずに、ただ目元の化粧が涙で流れていくばかりだった。

 
 
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