鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

雷鳴

 
「俺の花嫁をかえしてもらおう」
 
 鎖子の窮地に、間に入った軍服の男。
 
 今の声……。

 ――まさか――。

 男が、ゆっくりと鎖子に振り返る。

 黒髪に、紅い瞳。
 その凛々しく美しい顔は……。

「……要様っ!!」

 鎖子の心が、雷に打たれたように激しく痺れた。
 驚きと、愛する想いが一気に溢れて言葉にできない感情だった。

「……要……さま……」

 涙が溢れて、必死に手を伸ばす。
 今、傍にいる確証が欲しい。

 夢じゃないと……言ってほしい。

「九鬼兜要だと……っ! 馬鹿な!」

 金剛が絶叫する。
 
「鎖子、無事か」

 要は手を差し出し、鎖子も強く要の手を掴む。
 要は、鎖子を起き上がらせて抱き寄せた。

 温かい。
 愛しい温もり。
 
 夢でもない、魂でもない、本物の要だ。
 
 軍服もマントも千切れ、血まみれの包帯だらけだ。
 凄まじい戦火をくぐり抜けてきた事がわかる。

 痺れたままの感情で、鎖子の頬に涙が伝う。

 愛しい人が、生きていてくれた……!

「遅くなってすまない」

「信じておりました……!」

 金剛に刀を向けたまま、要は鎖子の頭を優しく撫でた。
 そして鎖子を、背中に隠すように金剛に立ちはだかる。

「俺の花嫁に随分な事を、しでかしたようだな……」

「九鬼兜! 貴様何故、生きている!!」 

「お前の下衆な作戦などで死ぬものか!! 全く知らぬ部隊を扱う命令を受け、爆撃を受けたが怪しい空気など、とうに見抜いていた」

「なんだと……! 奴ら、しくじっておったか!!」

「まさか俺が死んだと聞いていたか……? 無能なお前の部下らしい雑な仕事だ」

「クソったれがぁああああああああ!」

「黙れ! お前の薄汚れた勝利など、ここで終わらせてやる」

 要が構え、九鬼兜家宝刀『九鬼夜月(くきやづき)』が煌めく。

「何を小童(こわっぱ)めが……!!」

「俺の力が欲しくて欲しくて、非道の限りを尽くした餓鬼が何を言う……! お前が俺に暗殺隊を寄越した事は既に軍部へ報告してある。向こうで一人生け捕りにして、差し出したからな」

「なにぃ」

 やはり要の出征も、金剛の計画だったのだ。
 軍部の作戦を、私的に利用すれば大罪になる。
 金剛の地位が、傾きかけた瞬間だった。

「さっき屋敷から逃げ出した将暉も、岡崎が既に捕まえているぞ。俺を見たら震えて、発狂した。いい証人になるだろう」

「貴様ーー! しかし弱体化したお前が俺に勝てるものか!! 鬼妖力(きようりょく)もほぼ零ではないか!!」

「窮地続きのあとで、無理矢理に次元門(ゲェト)を何度か開いて帰ってきたからな。それは零でも仕方ない」

 鎖子が要を感じなくなっていたのは、それが理由だった。
 隣国の敵と戦い、妖魔と戦い、暗殺隊と戦い、巻き込まれた仲間を救い、鬼妖力が尽きようとも超高難度の術『次元門』を開き此処まで帰ってきたのだ。
 どれだけ肉体にも精神にも負担があったか――。

「ガッハッハ!! 雑魚は死すべし……!」

「鬼妖力が零だからなんだと言う! それだけが俺の強さではないぞ……!!」

 二本目の刀を抜いた金剛が、要に襲いかかる。
 
「要様……!」

「鎖子は先に逃げろ……! 必ずこいつは殺す……!」

「そんなの……嫌です! もう絶対離れません!」

 自分の身は自分で守ると思っている。
 だから、もう二度と離れたくない。

「対妖魔軍大将の、鬼妖力を見せてやるわぁ!!」

 凄まじい豪火が、金剛の周りに燃え上がる。
 火は実体化して、辺りを燃やすが、もう統率院の屋敷など捨てるつもりなのだろう。

 屋敷に更に火がまわり、周りにも火の手が見えてきた。
 俊敏さは、まだ要の方が上だ。
 だが、やはり金剛の豪火の術が要を襲い、近づくことができない。

「ガッハッハ! 逃げるだけか!!」

 要が金剛の炎術を切り裂く。
 鬼妖力が零の要は、何も術を使うことができないのだ。

 鎖子はただ、祈るしかできない。

「私のなかに眠る要様の力を、すぐにお渡しできたら……なにか方法はないの!? 私のなかの柳善縛家の血よ……! どうか教えて……お願い……!!」

 何も、何も母から受け継ぐこともできず。
 何も知らないままに、愛する人に罰を与えてしまった。
 
 また会えた愛する人を、奪われるわけには絶対にいかない――!!

「母様……!! お願いします。鎖子にどうか教えてください……!!」

 ふわりと……炎の熱さではない、ぬくもりが鎖子を包む。

 要に抱き締められた時とは違う……優しいぬくもり。

「……母様……?」

 本当に、母の魂なのかはわからない。
 いつも口づけしていた両親。
 鎖子の頬にも口づけしてくれた。
 母が父にいつも囁いていた言葉……。
 
 おまじない……。

『愛する人にはこうするの』
 
 鎖子の脳裏に、すべき事がわかった。

「要様! 要様!」

「鎖子!?」

「お願いです! こちらへ、こちらへ来てください!」

 金剛の攻めを受け流し続けていた要が、鎖子の叫びに気付いた。
 
「早く逃げるんだ……!」

「嫌です……! お願いです! こちらへ来てください!」
 
 金剛の一撃を払い、重撃での一撃を金剛に与え、要は鎖子の元へと走り寄る。

「火がまわる。では先に鎖子を……んっ」

 鎖子が背伸びをして、要の頬を両手で挟んで口づけた。

「何をするつもりだ! ……やめろ……!!」

 それを見た金剛が、叫ぶ。
 鎖子と要の周りを、鎖が花開くように包み込む。

「要様……柳善縛鎖子の名において、あなたのお力をお返しします……!」
 
「鎖子……」

赦罪還力鎖(しゃざいかんりきくさり)の儀、貴方の罪はもう赦されました」

 要に強く抱き寄せられて、更に深く口づけた。

 これが正しい伝承にある行為なのかは、わからない。
 それでも、こうすべきだと血が言っている。

 口づけて、舌が絡み合う。

 呪術紋が激しく熱くなり、消えていく。

 自分の中にあった要の力が、彼のなかへ流れていくのを感じた。
 
 鎖の儀同様に、柳善縛鎖子だけができる術だったのだ。

「やめるんだぁあああああ!!」

 途中で金剛が斬り掛かってきたが、要の指鳴らしだけで実体化した式神がその攻撃を跳ね返す。
 
 要の結界が、鎖子を包んだ。

 
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