鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

雷鳴・2

 凄まじい量の鬼妖力(きようりょく)が、要から吹き出て可視化する。
 
「鎖子、ありがとう。俺の結界のなかで待っていてくれ」

「はい……!」

 要が小さく指を鳴らしただけで、鎖子の足の傷も治っていく。
 優しい要の結界の中は火の熱さも、苦しさも感じない。

「なんだ、あれは!? なんだあの術は! 本に載ってなかったぞ! どういうことだぁ!!」

 縛られたまま横たわる義博が、叫んだ。

「ひぃ~~っ! ……誰か助けなさいよー! 苦しい……! 死んじゃうじゃない!」

「ま、将暉……助けてぇ……熱い!!」

 金剛の豪火に焼かれて、情けない悲鳴をあげる愛蘭と叔母。
 
「貴様! 貴様ぁあああ!! 俺の力を奪いやがって許さんぞぉ!!」

「何を言う。これは俺の力だ。お前の魂胆はよくわかった。あの女だけではなく、お前も最初から殺しておけばよかったんだ!!」

「黙れ! 黙れ! 俺の俺の人生をかけた計画がぁあああ!!」

 まだ身勝手な事を叫ぶ金剛。
 穢れた炎が舞い上がり、要に襲いかかった。

「黙るのは貴様だ! お前の勝手な強欲で、どれだけの者を傷つけた……!」

 一瞬の雷光――振り上げた金剛の右腕が飛ぶ。

「金剛、貴様が父を、鎖子の両親を殺した罪……!」

 更に左腕が飛ぶ。
 金剛が叫ぶ隙も与えない。

「俺と鎖子の人生を蹂躙した罪……!」

 外道の罪人に、首を落とす価値もない。
 両足も瞬時に切断して、無様に金剛の身体は後ろにひっくり返る。
 
「その穢らわしい命で、償ってもらう……!!」 
 
 屋敷に激しい雷が天から落ちて、金剛を貫いた。
 裁きを受けて汚物のようになった金剛は、激しく目を見開き、声の出ぬ口を開けたまま黒焦げになって燃えていく。
 
 今まで金剛が(おとし)めた無数の亡者の魂が、喜び叫ぶ。
 死にかけた金剛の魂を引き千切ろうと、黒く集まってきた。

「……地獄の果てに堕ちろ……」

 金剛の地獄は、これから始まるのだ。

 カチャリ……と要が『九鬼夜月(くきやづき)』を納刀した。
 金剛の穢れた結界も、消滅していく。

「要様……!!」

「鎖子!!」

 お互いに駆け寄って、抱き合う二人。
 要の胸元で、やっと息ができた気がする。
 
「大丈夫か」

「はい……! 要様は本当にお強いです……!」

「鎖子のおかげだ……! 俺の戦死公報が届いていたのだろう。本当にすまなかった。止めることができず……辛い想いをさせたな」

 優しく抱かれて髪を撫でられる。
 要は戦死扱いをされたが、おかげで裏で動き帰国することができたのだ。
 その間の辛く苦しい想いなど、大したことはないと鎖子は首を横に振る。

「いいえ、いいえ。そんなこと……帰ってきてくださって……ありがとうございます……要様」

 ただ生きて、また出逢えた。
 それだけで、いい。

「では、俺達の家へ帰るか」

「はい!」

 炎上する屋敷のなか、要が鎖子を抱き上げる。
 出口へ向かおうとするが、か細い悲鳴が聞こえてきた。
 
「待て……待てぇ……助けて……」

 もう既に火傷を負い、泣いている愛蘭。
 術で殺そうとしかけた要を、鎖子が止めた。

「……愛蘭の鎖だけは、外してあげます。あとはどうにかしてね。貴女も柳善縛家の者なんだから」

 鎖子の言った通り、愛蘭だけが解放された。

「柳善縛家の力なんか使えないわよぉ!」

「この馬鹿娘! 早く鎖をほどきなさい! 死んでしまうわ!!」

 叔母が生き延びようと、必死に愛蘭を責め立てる。
 自分も柳善縛家の人間だという事すら忘れているらしい。

「あぁああ勝時様が……勝時様がぁあああ死んでしまったぁああ。でもあんな術があるのか、ウヒヒウヒヒ」

 半狂乱の和博。
 愛蘭はようやく、鎖をどうにかしようと焦りだす。

「この獣達を、自らの手で殺さなくていいのか。刀なら貸すぞ」

「はい。生きている方が地獄な時もありますから……この炎のなかで、生き残ることができれば……の話ですけど」

「クサ子ぉ!! 鎖をほどけ!! 私達を助けなさいよ!!」
 
 愛蘭が、最後まで鎖子に命令する。

「強く生きてね……。あなたの心が、一番腐ってる……」

 鎖子は愛蘭に言い放つ。

 自分のした事は全て己に返ってくる。
 愛蘭は最後まで理解できなかった。

 柳善縛家での思い出など、全てこの屋敷とともに燃えて消えていくだろう。

「こんな穢らわしい場所はもう出よう」

「はい」
 
 要は、屋敷の外へ向かう。

「要様、九鬼兜家の皆様が拘束されているのです……!」

「あぁ。先に屋敷に戻ったんだ。全員解放した。だから遅くなってしまって、すまなかった」

「良かった……! 要様は最高の旦那様です!」

 要がまず屋敷に戻るのは当然の事だ。
 そしてそこから躊躇なく、遠く離れた統率院に即座に助けに来てくれた。
 どれだけの苦痛があったことか。
 
「俺が眞規子と共に、金剛を切っていれば、こんな事にはならなかった。俺が甘かった」

「何を言うのです。そんな事をしていたら金剛の罪は闇に葬られ、要様は誤解をされたまま処刑されてしまったでしょう。要様が奴らの犠牲になる事はありません。一番に私を求めてくださって……私は、これが最善だったと思います」

「そうか……そうだな。何よりも俺はお前が大事だ。鎖子の存在がいつでも俺を導いてくれたんだな。ありがとう」

「要様……」

 誰からも嫌われて、自分の存在価値など無い。
 そう思い込んでいた鎖子。

 そんな呪縛からも、要は解放してくれる。

「俺の最高の花嫁。もう屋敷を抜ける。安心してくれ」

「はい……!」

 火をくぐり抜け、屋敷を脱出した二人。
 外に出ると、今は夜明け前だと知った。
 
 金剛の結界が解けたことで、一般の消防隊員がようやく消火活動をおこなえるようになったようだ。

「鎖子お嬢様! 要様!!よくぞご無事で……!!」

「梅さん! 岡崎さん!」

 鎖子と要に、梅と岡崎が駆け寄った。
 将暉はもう既に、陸軍によって拘束されたという。

 屋敷に入る前に、要は二人に待機の指示を出していたのだ。

「坊ちゃま……坊ちゃま……本当に無事で良かったです」

「心配かけたな、岡崎」

 岡崎も泣いて喜び、梅は鎖子の刀『千祈(せんき)』を取り返したと見せてくれた。
 屋敷が燃え上がり、崩壊していく音が聞こえる。

 この屋敷の行く末など、もうどうでもよかった。 

「さぁ、帰りの支度はできております。要様、鎖子様、馬車へ」

 九鬼兜家の馬車も無事に逃げ延び、主人が乗るのを待っていた。
 
「俺は、これから軍部に行かなければならないのだが……」

 鎖子を抱いたまま要が呟いた。
 いつもなら寂しさを我慢をして見送っていた鎖子が、要の首に強く抱きついた。
 
「鎖子……?」

「いやです。鎖子は要様から離れたくありません。軍部になんて行かないでください……お傍にいさせてください……要様……行かないで……お願いです……」

 鎖子が自分のためだけにする、初めての我儘だった。

 抱きつく強さと、鎖子の瞳から溢れる涙。
 戦死と聞かされて、鎖子が耐え続けた孤独と辛さを感じとる要。

「そうだな。俺の怪我は酷い。だから屋敷へ帰ろう。岡崎、軍部に報告を頼む」

「かしこまりました。かなりの重症だとお伝えします」

「要様……!」

 力の戻った要は、治癒術で怪我は全て完治しているのを鎖子は知っている。
 嬉しさで驚き、要を見た。

 要は微笑んで、鎖子を抱いたまま馬車に乗り込んだ。
 
 馬車の中。
 要の膝の上に座らせられたまま、口づけされる。
 
「早く帰って、お前を抱きたい。一緒に風呂に入ろう」

「お、お怪我が……治りましたら……」

 要からの直球な言葉に、鎖子は恥ずかしさで慌ててしまう。

「もう治ってる」

「そ、それは、そうなのですが……」

 鎖子の赤く染まった頬を、要が撫でた。

「お前は本当に可愛い。……愛しいお前に会うために、地獄から帰ってきた」

「要様……」

「もう二度と離れない。もう二度とお前を離さないと誓うよ」

「私も、私も……もう二度と離れないと誓います」

 もう二度と会えないかと、思った。
 
 引き裂かれても、何度引き裂かれても、想い合い巡り合う運命の人。

 運命の鎖で結ばれた愛する人。

 もう二度と離れない。
 もう二度と離さない。

 強く握り合う手に、指輪が輝く。

 踏みにじられた鎖子の心が、要の愛でまた温められて花開いていく。

 鎖子の涙を、要が拭ってくれた。

 二人で鼻を寄せ合って、微笑みあって口づけ合う。

「……おかえりなさいませ、要様」

「あぁ、ただいま鎖子」

 夜明けを告げる朝陽が、馬車の窓から入って二人を優しく照らしていく――。 
 
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