鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

終章

 
 綺麗な草原がなびく夜。

 湖畔にある三角屋根の家。
 美しい湖には、月と星が映っていた。
 
 静かに木製のドアを開けて、シャツにサスペンダーパンツ姿の要が帰ってきた。
 チェック柄のワンピースにエプロンを着た鎖子が、ソファから立ち上がる。
 
「ただいま、鎖子」

 玄関でブーツを脱ぎ、マットの上のスリッパを履く。
 木の床は磨かれて、今日も美しい光沢だ。

「要様っおかえりなさいませ」

 要は、駆け寄ってきた鎖子を抱き上げて口づけた。
 抱き上げたまま、床の上のパッチワークの絨毯を歩く。

「遅くなって悪かった。途中で羊の群れに遭遇して長時間立ち往生してしまった」

「心配はしておりましたが、必ず帰ってくるって信じていますから」

「俺の妻は、今日も可愛いな。朝よりも、もっと美人になったんじゃないか?」

「ふふ。要様ったら、村の皆様がするお世辞がうつっております」

「俺の本心なんだが」

 歩きながらも、何度も口づけされて鎖子は微笑む。

「俺達の可愛い宝物は、おやすみ中か?」

「はい。今日もいっぱい遊んで、ぐっすりです」

「また二人で床磨きを? ピカピカだ」

「だって、二人でやると楽しいんですもの」

「そうか。じゃあ……今は俺だけの鎖子だな」

「ふふふ。はい要様だけの鎖子です」

 要は鎖子を優しく、大きなソファにおろした。
 ソファの前のローテーブルには、縫いかけの小さなブラウスが置いてある。

「まだ馬車に積んであるが、沢山お土産を買ってきた。チョコレートにクッキー、新鮮な卵もある。花の種もあるし、その縫いかけのブラウスに合いそうなスカートも買ってきたよ。ぬいぐるみに、積み木も。誕生日プレゼントにと思って」

 遠い市場まで行ってきた要は、家族のために沢山の買い物をしてきたのだ。

「わぁ、すごいです。嬉しい。あの子も絶対に喜びますわ」

「鎖子にはヘアオイルと、ほら紅色のリボンが売ってたから買ってきた」

 リボンだけは、要がポケットから取り出した。
 鎖子が小さな紙袋を開けると、素朴な色合いだが紅色の細いリボンが入っている。

「まぁ素敵……! でも私、まだ紅色のリボンを付けても大丈夫でしょうか?」

「ダメなのか? 最近は付けないで見ているだけだから、違うものがほしいのかと思ったんだ」

「そういうことじゃありません。だってあれは十三歳の私への贈り物なんですよ……宝物には変わりませんが、今ではもう、少しだけ派手かしらと……」

「ん? 昔も今も、どっちの鎖子も変わらず可愛いが?」

「ふふ、ありがとうございます。宝物がまた増えましたわ」

 要の鎖子への溺愛は相変わらずだ。
 今は三つ編みに結っていた髪に、鎖子は紅色のリボンを付けた。

「新聞も買ってきたんだ」

 帝国の言葉ではない、外国語で書かれた新聞を要は見せる。

「……帝国の状況は、載っていましたか……?」

「あぁ。今のところは同盟国と共に勝ち進んでいるようだ。対妖魔軍は正式に陸軍と統合したようだと書いてあった」

「希美ちゃんが研究部に移動して、本当によかった。これから……どうなるのでしょうか」

「わからない。のが俺の正直な感想だ。あとは帝国にいる皆が、無事でいてくれるのを願うばかりだな」

 金剛が世間では謎の焼死を遂げたあと、沢山の罪が暴かれた。
 死亡後に罪人として裁かれ、墓も立てられなかったという。

 華鬼族をまとめる統率院は、悪しき風習で犯罪の温床になるということで解体された。
  
 統率院の焼け跡からは複数人の遺体が発見される。

 一人だけ逃げて生き延びた者がいるというが、一生病院から出られないだろうという話だ。
 金剛将暉も供述後、父親の地獄からの叫び声が聞こえると発狂し、田舎でほぼ監禁状態で過ごしているという。
 
 柳善縛家に残された財産は、全て寄付をした。

 要は瀕死の重症を負い、予後不良という事にして退役をした。
 事実、屋敷で皆を救出した際、要を一目だけ見た主治医ですら、何故生きているのかわからない状態だったという。
 
 それから九鬼兜家の財産整理をし、屋敷の使用人達へ退職金として大金を持たせ、二人はこの永久中立国に亡命を果たしたのだった。

 畑を耕しながら、長く学んだ知識を活かして、要と鎖子は村で学校の先生をしている。
 もうすぐ家の隣に、校舎を建てる予定だ。
 博識深く温和な二人は、村の人達に受け入れられ愛されている。

 九鬼兜家での新婚生活を、鎖子は思い出す。

「梅さんと岡崎さん、仲良く暮らしているでしょうね」

「それは仲良くしているだろうな。二人が恋仲になっていたと知った時は驚いたが」

「そうですね。ふふ」
 
 要の言葉通りに、二人は結婚をして今は一緒に暮らしている。
 たまに皆から近況の葉書が届くが、平和で幸せそうだ。

 これから戦争がどう進むかはわからない。
 平和的解決になることを、鎖子も要も願っている。

 考え込んだ鎖子の、頬を要が指先で撫でた。
 
「鎖子、俺が今わかるのは」

「はい」

「可愛い宝物が眠っているうちに、愛しい花嫁を抱いて……」

 熱っぽい口づけに、鎖子も答える。
 久しぶりの感覚に、身体が熱くなってしまう。

「もう一人、可愛い宝物を増やすおつもりですか……?」

「そうだ。どうだろう?」

「……大賛成です。……愛しています、要様……」

「愛している。鎖子」

「……要様……んっ……」

 鎖子の熱くなった身体に要が触れて、また口づけをしようとしたその時。

「ママ~……パパァ……?」

 可愛らしい声が聞こえてきた。
 ベッドルームから顔を出したのは、黒髪の可愛らしい幼女だ。

夏湖(かこ)、ただいま!」

 二人は慌てて離れるが、要の顔がほころぶ。

「あら、夏湖ちゃん。起きちゃったのね」

「ママァ~パパァ……だこ……ちてぇ」

 二人で駆け寄り、鎖子がストールを夏湖にかけると要が抱き上げた。

「よしよし、ほら抱っこだ。パパにおかえりのキスは?」

「キス! ちゅっちゅ! ふたりでなにちてたの?」

 小さな天使のキスを受けて、要は幸せそうに笑った。
 冷徹だなんて呼ばれていたのが嘘のように、要の笑顔は眩しい。

「パパの愛しいママに、ただいまのハグをしていたんだよ」

「なかよちねぇ~~」

 三人でソファに座って、夏湖がキャッキャと笑う。
 
「もちろんよ。パパとママは愛の鎖で結ばれた運命なの」

「あいのくさり……ママと、かこのくさりのこと?」

 夏湖が、ふわふわと鎖のオーラを出す。
 人前で出してはいけないと教えているが、家では自由にさせている。

「貴女が大きくなったら、教えてあげる。虐げられてた女の子に、素敵な王子様が迎えに来てくれたお話を……」

 母が自分にできなかった事。
 全てを伝えることはしなくとも、血に流れる力を我が子に伝えたい。
 
 力で何を手に入れるのか、自分自身が決めることを……。

「では俺は心の凍った騎士の元に、麗しい鎖の花嫁がきてくれた話をしようかな……きてくれたというか(さら)ったというか」

「まぁ」

「さいごどうなるの? かなちい?」

「もちろんハッピーエンドよ」

「騎士と花嫁は、可愛い子供にも恵まれて、ずっとずっと……幸せに平和な世界で暮らしていくんだよ」

「ちあわせ」

「そうよ。ずっとずっと離れることはないの。ずっとずっと……幸せなのよ」

 可愛い娘を抱き締めながら、要と鎖子は口付けをする。

 鎖子の鎖のオーラが、三人を包む。

 もう二度と離れない。
 何よりも大事なものを手に入れた鎖子と要。

 戦争のない平和な湖畔の家で、家族は幸せに暮らしていく――。
 


 
 鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~ 
  完
 
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