鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~
十八歳・突然の婚姻話・1
絶望の再会から二年経って、鎖子は十八歳になった。
今年の三月で高等部も、卒業になる。
「クサ子見なさいよ。卒業式の袴が出来たわ~。綺麗でしょ~高かったんだから! あんたは、そのボロいセーラー服でいいわね」
「はい」
「なんか腹立つわね!」
「きゃ!」
愛蘭は、自分勝手な理由で、美しい鎖子の綺麗な顔を打つ。
毎日のように愛蘭からの憂さ晴らしの暴力を受けて、深夜に一人治癒術で傷を癒やす。
治癒術はかなりの高等呪術だが、鎖子は会得することができた。
亡くなった両親からの贈り物なんだと、鎖子は思う。
かび臭く湿った狭い部屋で、心は凍えて縮こまる。
「……寒い……」
要からの葉書は、あれからもう来なくなった。
彼に嫌われてしまったと、わかっているのに、心は勝手に要のことを想ってしまう。
つい、要とやりとりした葉書を眺めて心を慰める。
子供の頃に、結婚するだなんて言ってしまった事が恥ずかしい……でもそれだけが鎖子の人生のなかで唯一の輝く甘酸っぱい思い出だ。
パーティーでリボンを渡された時も、もっと上手に話せばよかった。
葉書ももっと、自分の好意が伝わる事を書けばよかった。
「……要様……」
あの日の葬式での冷たい態度。
冷たい瞳を思い出す。
今思えば、失意の時に馴れ馴れしく声をかけてしまった。
彼が鎖子に怒りを抱くのは当然だと思った。
もう二度と許してはもらえないのだろう。
思い出すと、苦しくてたまらないのに、でも彼の無事を願ってしまう。
寒い部屋のなかで、鎖のオーラを出して自分で纏った。
両親に抱き締めてもらっているような、そんな気持ちになる。
「……誇り高く……強く……頑張ろう……私……」
いつか、なにか報われる日が来るのかと……生きてきた。
そんななか、更に九鬼兜要の評判が耳に入る。
九鬼兜要は、『帝国の死神』『冷徹武士』だと――。
世界の情勢は変化し、戦争があちこちで起こり緊張状態が続いている。
妖魔や鬼を退治できるほどの力を持つ華鬼族は、徐々に対人戦へ利用する軍事兵器のような扱いになってきていた。
殺す相手が妖魔から、人へ変わりつつある。
同盟国との共同作戦を成功に導いた英雄ではあるが、冷徹で無慈悲な死神……それが九鬼兜要の評価だ。
「要様が冷徹な……死神」
帝国のために幼少の頃から学び戦い続けた彼を想うと、死神などという呼ばれ方には胸がズキリと痛んだ。
そして、九鬼兜要がいよいよ帰国したという噂を耳にする。
会いたい……まだそんな事を思ってしまう自分に、鎖子自身が驚いた。
「鎖子ーーー!! 旦那様がお呼びだよ!! さっさと来な!」
「は、はい!」
女中頭ですら、鎖子の身分を忘れたように怒鳴りつける。
屋敷の一番端っこから、鎖子は慌てて叔父の部屋へ向かう。
元は鎖子の母が使っていた書斎だ。
書斎デスクの椅子に座った叔父の他に、叔母と愛蘭までソファで待ち構えていたので少し怖さを感じる。
「鎖子。お前は九鬼兜要への罰を執行した後に、九鬼兜家に嫁入りしてもらう」
「え……? 叔父様、それはどういう意味ですか」
立場的には義理の両親ではあるが、鎖子は父とは呼んではいない。
「お前の力で九鬼兜要の鬼妖力を減退するんだよ。百何十年ぶりに柳善縛家の力が使われることになるのだ」
鬼妖力とは、鬼人が持つ力で戦闘力に直結する。
「なっ……何故ですか? 何故、九鬼兜様の力を減退する必要が!?」
「奴が五大家・統率院内で重大な謀反を起こしたからだ」
華鬼族には力を持った五大家が集まり、華鬼族全体を指揮する目的の統率院が設立されている。
要の九鬼兜家も、鎖子の柳善縛家も、五大家の一つ。
鎖子の両親が亡くなってからは、叔父が代理当主として統率院に出入りをしていた。
『柳善縛鎖子』という当主が受け継ぐ名前をもった鎖子から、叔父が全ての権利を奪っていた。
「謀反……? そんな、そんなわけありません。要様はずっと帝国のために尽くしてきた御方です……そんな」
「金剛勝時殿曰く、重大な謀反をしたという事だ。謀反の罪は罰しなければいけない。これは、もう統率院・五大華鬼族会議で決まったことだ」
五大華鬼族のなかで、一番強大な力を持つようになった金剛家。
華鬼族同士での争いは、鬼華族のなかで決着をつける――それが長年の風習だ。
しかし、金剛勝時の『謀反だ』という証言だけで、要が謀反人として罰せられなければならないのか。
「本当に、要様が謀反を? そして、要様に罰だなんて……叔父様も賛成されたのですか?」
「当然じゃないか。鬼人同士で、しかも五大家の当主が謀反だ。賛成賛成、大賛成だ。わかったな、鎖子」
「でも……私が要様を……罰するなんて……そんな事、私……」
「これは統率院からの命令だ。拒否は許されない。あの男に抱かれればいいだけじゃないか……いや、お前が抱くんだな。ははは。すごい事だ! 柳善縛執行官の復活だ!! 歴史的瞬間じゃないか!」
いやらしく叔父が、興奮したように大声で笑った。
後ろの愛蘭と叔母も笑っている。
眩暈がした。
今年の三月で高等部も、卒業になる。
「クサ子見なさいよ。卒業式の袴が出来たわ~。綺麗でしょ~高かったんだから! あんたは、そのボロいセーラー服でいいわね」
「はい」
「なんか腹立つわね!」
「きゃ!」
愛蘭は、自分勝手な理由で、美しい鎖子の綺麗な顔を打つ。
毎日のように愛蘭からの憂さ晴らしの暴力を受けて、深夜に一人治癒術で傷を癒やす。
治癒術はかなりの高等呪術だが、鎖子は会得することができた。
亡くなった両親からの贈り物なんだと、鎖子は思う。
かび臭く湿った狭い部屋で、心は凍えて縮こまる。
「……寒い……」
要からの葉書は、あれからもう来なくなった。
彼に嫌われてしまったと、わかっているのに、心は勝手に要のことを想ってしまう。
つい、要とやりとりした葉書を眺めて心を慰める。
子供の頃に、結婚するだなんて言ってしまった事が恥ずかしい……でもそれだけが鎖子の人生のなかで唯一の輝く甘酸っぱい思い出だ。
パーティーでリボンを渡された時も、もっと上手に話せばよかった。
葉書ももっと、自分の好意が伝わる事を書けばよかった。
「……要様……」
あの日の葬式での冷たい態度。
冷たい瞳を思い出す。
今思えば、失意の時に馴れ馴れしく声をかけてしまった。
彼が鎖子に怒りを抱くのは当然だと思った。
もう二度と許してはもらえないのだろう。
思い出すと、苦しくてたまらないのに、でも彼の無事を願ってしまう。
寒い部屋のなかで、鎖のオーラを出して自分で纏った。
両親に抱き締めてもらっているような、そんな気持ちになる。
「……誇り高く……強く……頑張ろう……私……」
いつか、なにか報われる日が来るのかと……生きてきた。
そんななか、更に九鬼兜要の評判が耳に入る。
九鬼兜要は、『帝国の死神』『冷徹武士』だと――。
世界の情勢は変化し、戦争があちこちで起こり緊張状態が続いている。
妖魔や鬼を退治できるほどの力を持つ華鬼族は、徐々に対人戦へ利用する軍事兵器のような扱いになってきていた。
殺す相手が妖魔から、人へ変わりつつある。
同盟国との共同作戦を成功に導いた英雄ではあるが、冷徹で無慈悲な死神……それが九鬼兜要の評価だ。
「要様が冷徹な……死神」
帝国のために幼少の頃から学び戦い続けた彼を想うと、死神などという呼ばれ方には胸がズキリと痛んだ。
そして、九鬼兜要がいよいよ帰国したという噂を耳にする。
会いたい……まだそんな事を思ってしまう自分に、鎖子自身が驚いた。
「鎖子ーーー!! 旦那様がお呼びだよ!! さっさと来な!」
「は、はい!」
女中頭ですら、鎖子の身分を忘れたように怒鳴りつける。
屋敷の一番端っこから、鎖子は慌てて叔父の部屋へ向かう。
元は鎖子の母が使っていた書斎だ。
書斎デスクの椅子に座った叔父の他に、叔母と愛蘭までソファで待ち構えていたので少し怖さを感じる。
「鎖子。お前は九鬼兜要への罰を執行した後に、九鬼兜家に嫁入りしてもらう」
「え……? 叔父様、それはどういう意味ですか」
立場的には義理の両親ではあるが、鎖子は父とは呼んではいない。
「お前の力で九鬼兜要の鬼妖力を減退するんだよ。百何十年ぶりに柳善縛家の力が使われることになるのだ」
鬼妖力とは、鬼人が持つ力で戦闘力に直結する。
「なっ……何故ですか? 何故、九鬼兜様の力を減退する必要が!?」
「奴が五大家・統率院内で重大な謀反を起こしたからだ」
華鬼族には力を持った五大家が集まり、華鬼族全体を指揮する目的の統率院が設立されている。
要の九鬼兜家も、鎖子の柳善縛家も、五大家の一つ。
鎖子の両親が亡くなってからは、叔父が代理当主として統率院に出入りをしていた。
『柳善縛鎖子』という当主が受け継ぐ名前をもった鎖子から、叔父が全ての権利を奪っていた。
「謀反……? そんな、そんなわけありません。要様はずっと帝国のために尽くしてきた御方です……そんな」
「金剛勝時殿曰く、重大な謀反をしたという事だ。謀反の罪は罰しなければいけない。これは、もう統率院・五大華鬼族会議で決まったことだ」
五大華鬼族のなかで、一番強大な力を持つようになった金剛家。
華鬼族同士での争いは、鬼華族のなかで決着をつける――それが長年の風習だ。
しかし、金剛勝時の『謀反だ』という証言だけで、要が謀反人として罰せられなければならないのか。
「本当に、要様が謀反を? そして、要様に罰だなんて……叔父様も賛成されたのですか?」
「当然じゃないか。鬼人同士で、しかも五大家の当主が謀反だ。賛成賛成、大賛成だ。わかったな、鎖子」
「でも……私が要様を……罰するなんて……そんな事、私……」
「これは統率院からの命令だ。拒否は許されない。あの男に抱かれればいいだけじゃないか……いや、お前が抱くんだな。ははは。すごい事だ! 柳善縛執行官の復活だ!! 歴史的瞬間じゃないか!」
いやらしく叔父が、興奮したように大声で笑った。
後ろの愛蘭と叔母も笑っている。
眩暈がした。