記憶をなくした女騎士、子育てに奔走していたら元彼が追いかけてきたらしい
プロローグ
遠くで子どもたちの笑い声がこだまする。風がそよぐ穏やかな街角を、夕暮れの光が柔らかく包み込んだ。
「シア……」
その声に彼女は息を呑んで振り返る。
名を呼んだのは、濃紺の髪を風になびかせる男――王太子の近衛騎士だ。
街を視察に訪れた高貴な一行の中でも、彼の存在は王太子と並んでひときわ目立っていた。
その瞳は宝石のような深い紫色を宿し、まるで彼女を射抜くように真っすぐに注がれる。
一瞬、時間が凍りついた。
男の唇は何か言葉を紡ごうとわずかに開いたまま、動かない。
彼女の心臓は高鳴り、風が彼の髪を揺らすたびに、止まったはずの時間が少しずつ動き始める。
言葉もなく見つめ合う。西の空に沈みかける太陽が、二人の姿を燃えるように染め上げた。
「まま~、かえるよ~」
腕の中の息子が小さな手を伸ばし、彼女の胸に顔をすり寄せた。この仕草は「飽きた」「眠い」「お腹が空いた」など、不満を訴えるとき。愛らしい姿だと思う反面、どうやってご機嫌をとろうかと悩むものだ。
「シア……」
その声に彼女は息を呑んで振り返る。
名を呼んだのは、濃紺の髪を風になびかせる男――王太子の近衛騎士だ。
街を視察に訪れた高貴な一行の中でも、彼の存在は王太子と並んでひときわ目立っていた。
その瞳は宝石のような深い紫色を宿し、まるで彼女を射抜くように真っすぐに注がれる。
一瞬、時間が凍りついた。
男の唇は何か言葉を紡ごうとわずかに開いたまま、動かない。
彼女の心臓は高鳴り、風が彼の髪を揺らすたびに、止まったはずの時間が少しずつ動き始める。
言葉もなく見つめ合う。西の空に沈みかける太陽が、二人の姿を燃えるように染め上げた。
「まま~、かえるよ~」
腕の中の息子が小さな手を伸ばし、彼女の胸に顔をすり寄せた。この仕草は「飽きた」「眠い」「お腹が空いた」など、不満を訴えるとき。愛らしい姿だと思う反面、どうやってご機嫌をとろうかと悩むものだ。
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