記憶をなくした女騎士、子育てに奔走していたら元彼が追いかけてきたらしい
第一章

1.

 大陸の東、青々とした海に面したユグリ国。その玄関口である港町サバドは、王家直轄の領地として賑わい、朝夕は船が行き交う。海の向こうのギニー国とは、古くからの条約で結ばれ、穏やかな交易が続いていた。
 港町サバドから馬車で三日かかる場所に、王都セレが広がる。街の喧騒を静かに見守るように、緩やかな丘の上には白亜の王城がそびえ、陽光を受けて柔らかく輝く姿は、この国の象徴でもある。
 夜がセレの街を包み、星々と家々の光が遠くで瞬く頃、王城の大広間は華やかな祝宴に沸いていた。
 今日、王太子ランドルフとアイアンズ公爵令嬢クラリッサの結婚式が執り行われ、陽が落ちる前から始まったパーティーは、今もまだ、笑い声と杯の音で賑わっている。だが、主役である王太子夫妻はすでに広間を後にし、静かな部屋へと戻った。
「シア。俺たちも戻ろうか」
 名を呼ばれたアリシアは、式典用の装飾の多い真っ白な騎士服に身を包むジェイラスを見上げた。「普段より三割増しほど格好よく見える」と言ったら、彼は怒るだろうか。
 ほんの少し襟足の長い濃紺の髪はシャンデリアの光を受け夜空のようにきらめき、紫色の瞳はやさしくアリシアに向けられる。
< 4 / 100 >

この作品をシェア

pagetop