【完結済】家族に愛されなかった私が、辺境の地で氷の軍神騎士団長に溺れるほど愛されています

41. 異変

 それからまた十日ほどが過ぎた。
 私はナヴァール辺境伯の妻として、家令のフェルナンさんの手を借りながら日々の仕事に忙殺され、その合間に勉強も続けていた。
 時折カロルやルイーズとお喋りしながらお茶を飲み、お菓子を食べ、息抜きしながらまた夜まで頑張り、眠る時にはいつもマクシム様のことを想っていた。

 彼は眠れているのだろうか。
 ちゃんと無事でいるだろうか。
 どうか、怪我一つしていませんように。

(……早く、会いたいな……)

 広い夫婦の寝室で一人で眠るのはとても寂しかったし、やっぱり時折涙も零れてしまった。けれど、私はもう二度と誰の前でも泣かなかった。私が気弱になっている姿を見せれば、皆が不安になってしまう。そんなことじゃダメだから。
 私は軍神騎士団長の妻。彼の代わりに、私がここの人たちを守らなければ。
 そんな気持ちを奮い立たせ、私は日々をやり過ごしていた。



 そんなある朝のことだった。

「……。」
「奥様?いかがいたしましたか?お具合が……?」
「……ええ、ごめんなさい。なんだか少し気分が悪くて……。今朝はもういいわ。ありがとう」

 いつものように食堂に降りていき、用意されていた食事を前に椅子に座った時だった。
 私の好物だからと毎朝シェフが作ってくれている、焼き立てのパンとスクランブルエッグ。それに細かく刻んだ野菜がたっぷり入ったヘルシーなスープ。
 それらの美味しそうな香りを感じた瞬間に、突然吐き気を催した。
 だけど、起きた時から特に体調に異変は感じなかったし、もしかしたらたまたまかもしれないと思った私は、ゆっくりとスープに口をつけた。

「……っ、」

 ……やっぱり、何だか変……。
 無理して嚥下してみても、いつものように美味しく感じられない。体が拒否してる感じ。
 そう思ってスプーンを置いた途端、控えていた年配の侍女にそっと声をかけられたのだった。

 心配そうな侍女に微笑みかけ、「昨日は夜ふかししてしまったから、疲れがとれていないのかもしれないわね」と軽く言いながら私は食堂を後にした。

 けれどその後、お昼になってもお茶の時間になっても、どうも気持ちが悪い。
 結局その日はほとんど何も口にしないままに就寝することになってしまった。当然、カロルとルイーズは心配する。

「エディット様……大丈夫ですか?」
「せっかくよくお召し上がりになるようになって、お元気になってらっしゃったのに……どうしたのでしょうか」
「本当ね。たぶん疲れが溜まってるんだと思うわ。最近気合いが入りすぎちゃってたし。ふふ」

 そんな私のことを少しの間ジッと見つめていたカロルだったけれど、しばらくするとニコリと微笑み言った。

「……さようでございますね。エディット様は最近ますます頑張りすぎていらっしゃいましたもの。よしっ、今日はもうお休みくださいませ。そしてたまには朝寝坊なさってください。エディット様のお体が一番大事なのですから」
「そうですよっ。旦那様がお帰りになった時にエディット様が窶れてらっしゃったら、私たちがお叱りを受けてしまいます。たまにはゆーっくり休んでくださいませ」
「ふふ、そうね。ありがとう。明日の朝はちょっとのんびりさせてもらうわ」
「はい!」
「お休みなさいませ、エディット様」

 そんな会話を交わして、私は一人寝室に入ったのだった。



 ところが結局、それから三日経っても私のムカムカは治まることがなかった。普通に生活している分にはまだマシなのだけれど、食べ物を前にすると途端に気持ちが悪くなる。

(……どうしよう……。私、何か変な病気にかかってしまったのかしら……)

 その日も昼食が全く食べられず、部屋で一人不安になっていると、カロルとルイーズがそっと声をかけてきた。

「エディット様、大変不躾ではございますが、月のものはいかがですか?変わりないでしょうか」
「……つ、月のもの……?えっと……どうだったかしら。変わりないって、何が……?」
「最近は来てらっしゃいますか?」
「?……お、覚えてないわ。そういえば、随分ないような気もするけれど……。なぜ?」
「……エディット様、お医者様を呼びましょう」
「っ!だ、大丈夫よ。もう少し様子を見て……」
「エディット様」

 ルイーズが真剣な面持ちでガシッと私の肩を掴む。

「この体調不良は、悪いことではないかもしれませんわ。いずれにせよ、早めに確かめておきませんと。もしそうであった場合、いろいろと気を付けなくてはならないことがありますもの」
「…………?なに?」

 もしそうであった場合……??




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