【完結済】家族に愛されなかった私が、辺境の地で氷の軍神騎士団長に溺れるほど愛されています

書籍発売記念SS◆愛称で呼んでみる

「エディット様は、普段ナヴァール辺境伯閣下のことを何とお呼びですの?」
「……え?」

 それは近隣の領地に滞在しているご令嬢たちを招いてのお茶会でのことだった。一人のご令嬢が楽しげな表情で、私にそう質問したのだ。王宮で行なわれた祝賀会以降、私は知り合った何人ものご令嬢方と、こうして親交を深めていた。もちろん、ケイティ嬢ともずっと仲良くしている。
 集まった数名の視線を浴びながら、私は少し照れつつ答える。

「ふ、普通にマクシム様、と……そうお呼びしています」
「まぁ」
「素敵」

 キラキラした瞳でそう言うご令嬢たちの中の一人が、今度はこう言った。

「愛称で呼び合ったりはなさらないのですか?」
「あ、愛称……?」
「ええ! 恋人や夫婦は愛称で呼び合う人たちも多いでしょう? 特別な関係の表れのようで、それもいいですわよ」
「エディット様とナヴァール辺境伯閣下なら……エディ、マックス、なんて素敵じゃありませんこと?」
「まぁっ! いいですわね」

(エ、エディと、マックス……)

 ご令嬢方は私をさて置き、何だかすごく盛り上がっている。同年代の友人がたくさんできて気付いたのだが、若い女性は本当に恋の話題が大好きみたいだ。女性が集まると大抵こんな話になる。

 その夜。遅い時間に帰宅したマクシム様が、湯浴みを終えて寝室にやって来た。先に待っていた私は、読んでいた本から顔を上げる。

「お帰りなさいませ、マクシム様。遅くまでお疲れ様でした」
「ああ。ありがとう。……何を読んでいたんだ?」

 マクシム様は私の持っている本にちらりと目を向けそう尋ねる。額にかかっている濡れた前髪と、ガウンの隙間から見える分厚い胸板が色っぽい。彼のこの姿を見ると、いつもドキドキしてしまう。

「これは恋愛小説です。今日お越しになったご令嬢が、手土産にと持ってきてくださったんです」
「ああ、そうか。今日は茶会だったな」

 マクシム様は優しい笑みを浮かべてそう相槌を打つ。

(……い、言ってみようかな)

 私は少し緊張しながら、さり気なく例の話題を出してみる。

「ええ。歳の近いご令嬢方のお話しを聞くのは楽しいです。……そ、それで、今日お茶会でこんな話になったのですが……」
「ん?」

 タオルで髪を拭きながらこちらに歩いてきたマクシム様が、私の隣にどっしりと腰かける。

「……ふ、夫婦というのは、お互いのことを愛称で呼び合う方々も多いのですって」
「ああ。たしかに。よく見かけるな」
「ええ。……その、……わ、私たちも……呼んでみたり、しますか? なんて……」

 言ったそばから頬が熱くなる。マクシム様は一瞬面食らったような顔で私のことを見つめたけれど、すぐに表情を柔らかくした。

「ふ……、親交の相手が増えるにつれ、お前の口から予想もしない言葉が出るようになって面白いな」
「そ、そうですか?」
「ああ。……いいぞ。お前がそうしたいのなら。好きなように呼んでみるといい」
「……っ」

 その言葉に、心臓が大きく跳ねる。何だかすごく大胆なことをしているようで、緊張する。こちらをじっと見つめるマクシム様の視線に、いたたまれず目を逸らし、私は自分の膝の上の両手を見ながらごく小さな声で言ってみた。

「……マ……マックス……」
「何だ? エディ」
「──っ!!」

 低く優しい声色でためらいもなくそう呼ばれ、反射的に彼の顔を見上げる。
 銀色の光を帯びた温かい眼差しが、私のことを包み込むように見つめていた。
 なんだかどうしようもなく照れてしまい、顔がかっかと火照りはじめる。心臓がけたたましいほどに高鳴り、あまりの頬の熱さに、私は思わず顔を背け手で覆う。

(……無理。心臓が爆発しちゃう……)

「や……やっぱり、今までどおりで大丈夫です……」

 手の隙間からくぐもった声でそう呟くと、隣からマクシム様の楽しそうな笑い声が聞こえたのだった。





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