側溝の天使

第32話 人との共生

「ありがとうございます。感謝いたします」



さらに追加のお願いが出てまいりました。



「あのう、実は今回のお願いは県会議員の申し入れだけではございませんで」



「えっ、どういうことですか?」



「沢井様のご承諾が頂ければ申し上げようと思っておりました。実は県知事が3年前に『ワンヘルス』を全国に先駆けて発表しておりまして」



「ワンヘルス?」



初めて聞く言葉とポン子とが、一体どんな関係があるのだろうと違和感を覚えました。



「はい、3年前の10月に『環境と人と動物のより良い関係づくり』など、福岡県におけるワンヘルスの実践促進に関する条例を公布しました」



「ワンヘルスとは一体何ですか? 私には横文字はよく理解できませんが」



「かいつまんで申し上げますと、私たちの健康を巡るさまざまな課題を、人と動物、それらを取り巻く環境まで一体的に捉えようという考え方です」



課長の説明は、ますます哲学的に聞こえてまいりました。



「“ワンヘルス”、つまり“健康はひとつ”との理念に基づいて、さまざまな課題を解決しようとする試みなのです。また、SDGsの観点からも、野生動物と人間がどう共生すべきか、どう関わるべきかに強い関心を持っておられます」



SDGsもよくは分かりませんが、「野生動物と人間の共生」と言われたことに、強く心を動かされました。



かつての教え子の中に、登校拒否の子がいました。学校には行かず、近所の野良猫の世話ばかりしていたその子の家に、私は何度も足を運びました。学校ではいつもひとりぼっちで、仲間外れにされているようでした。



どうすべきか悩んだ末、その子と一緒に世話していた野良猫を捕獲し、学校で飼うことにしたのです。もちろん先生方と協議し、最終的には校長の英断を仰ぎました。すると、その子は猫の世話をするために学校へ通うようになり、手伝う友達もできて、無事に卒業することができました。



もうずいぶん前のことですが、なぜかその出来事が脳裏に浮かびました。



「それで知事の耳にもお入れしたところ、大層興味を持たれた次第です。はい」



「ポン子がそんな大きなことに果たして役に立つかどうかわかりませんが、せっかくの申し入れなので……」



とにかく、受けることにいたしました。



「ありがとうございます。それでは、ご都合がよろしければ今週の金曜日にお伺いしてもよろしいでしょうか?」



「結構です」



「何時ごろがよろしいでしょう?」



「10時ごろお待ちしております」



10時は毎朝ポン子に餌をやる時間です。そのタイミングでビデオを撮ってもらうのが、相手に最も印象が残るのではないかと考えた次第です。

-続-
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