義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく【長編版】
5・協力者
待ち合わせの場所である懐石料理屋に入ると、出汁の香りがふわりと漂ってきた。
こういう店に来るのは、どれくらいぶりだろう。私には少し場違いに思えるけれど、今夜の相手は、そういう場所が似合う人だった。
奥の半個室に案内されると、御影先生はもう席についていた。
仕立てのいいスーツに身を包み、背筋を伸ばして座っている。
こちらの姿を確認すると、先生はわずかに口元を緩めた。
「やあ、菜月くん。忙しいところ、悪いね」
「いえ……こちらこそ、お誘いいただいて恐縮です」
先生の向かいに、緊張しながら腰を下ろす。
彰人さんと一緒に何度か同席したことはあるが、こうして一対一で向き合うのは初めてだった。
御影昌志先生──。
御影法律事務所の所長であり、宝堂グループとは長い付き合いのある敏腕弁護士だ。
その一方で、所内では派閥争いが絶えず、御影先生はいわゆる『御影派』の筆頭。
顧問弁護士である軽井沢先生とは、仕事上こそ連携しているものの、考え方や人脈はまるで正反対だと聞いている。
彰人さんも私も、どちらかといえば軽井沢先生寄りだった。
だから今日のこの食事の誘いには、少しだけ戸惑いがあった。でも、葬儀のときにも色々と気遣ってくださった方だ。そう簡単には断れない。
料理が置かれ軽く乾杯した後、御影先生が切り出した。
「最近の宝堂グループは、どうだね」
私は、手にした箸を持ったまま一瞬動けなくなった。
「……あまり詳しいことは……。私は、内部までは関与しておりませんので」
言葉を濁すと、先生は笑みを崩さずに盃を口に運んだ。
「彰人くんが亡くなってから、大変だろう。彼は跡継ぎだったし、かなり重要なポジションにいたから」
心配するような口ぶり。でも、それをそのまま善意として受け取れない自分がいた。
(もしかして、探られてる……?)
葬儀のときも、確かに気を遣ってくれた。けれど、今日のこの雰囲気は少し違う。
彰人さんがいなくなった今、御影先生は私を引き込もうとしているのかもしれない。
そんな気配を、私はかすかに感じ取っていた。
断りきれないお酒を、誤魔化すように舐める。
逆に御影先生を利用して、彰人さんの日記や律のことを相談するのはどうだろうか?
けれど、御影先生は律と面識がない。葬儀の時に顔を合わせたことがある程度だ。
できれば、昔から彰人さんや律のことをよく知っていて、気兼ねなく相談できる相手がいい。
でも、そんな相手なんて……。
そう思っていた矢先、御影先生がスマートフォンをちらりと見て、思い出したように言った。
こういう店に来るのは、どれくらいぶりだろう。私には少し場違いに思えるけれど、今夜の相手は、そういう場所が似合う人だった。
奥の半個室に案内されると、御影先生はもう席についていた。
仕立てのいいスーツに身を包み、背筋を伸ばして座っている。
こちらの姿を確認すると、先生はわずかに口元を緩めた。
「やあ、菜月くん。忙しいところ、悪いね」
「いえ……こちらこそ、お誘いいただいて恐縮です」
先生の向かいに、緊張しながら腰を下ろす。
彰人さんと一緒に何度か同席したことはあるが、こうして一対一で向き合うのは初めてだった。
御影昌志先生──。
御影法律事務所の所長であり、宝堂グループとは長い付き合いのある敏腕弁護士だ。
その一方で、所内では派閥争いが絶えず、御影先生はいわゆる『御影派』の筆頭。
顧問弁護士である軽井沢先生とは、仕事上こそ連携しているものの、考え方や人脈はまるで正反対だと聞いている。
彰人さんも私も、どちらかといえば軽井沢先生寄りだった。
だから今日のこの食事の誘いには、少しだけ戸惑いがあった。でも、葬儀のときにも色々と気遣ってくださった方だ。そう簡単には断れない。
料理が置かれ軽く乾杯した後、御影先生が切り出した。
「最近の宝堂グループは、どうだね」
私は、手にした箸を持ったまま一瞬動けなくなった。
「……あまり詳しいことは……。私は、内部までは関与しておりませんので」
言葉を濁すと、先生は笑みを崩さずに盃を口に運んだ。
「彰人くんが亡くなってから、大変だろう。彼は跡継ぎだったし、かなり重要なポジションにいたから」
心配するような口ぶり。でも、それをそのまま善意として受け取れない自分がいた。
(もしかして、探られてる……?)
葬儀のときも、確かに気を遣ってくれた。けれど、今日のこの雰囲気は少し違う。
彰人さんがいなくなった今、御影先生は私を引き込もうとしているのかもしれない。
そんな気配を、私はかすかに感じ取っていた。
断りきれないお酒を、誤魔化すように舐める。
逆に御影先生を利用して、彰人さんの日記や律のことを相談するのはどうだろうか?
けれど、御影先生は律と面識がない。葬儀の時に顔を合わせたことがある程度だ。
できれば、昔から彰人さんや律のことをよく知っていて、気兼ねなく相談できる相手がいい。
でも、そんな相手なんて……。
そう思っていた矢先、御影先生がスマートフォンをちらりと見て、思い出したように言った。