義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく【長編版】

8・俺がいるよ

 朝、コーヒーの香りで目が覚める。
 それで、内村さんが来たんだ、といつも気配を感じている。
 安心感に包まれながら寝返りをうつと、目の前に綺麗な寝顔があった。

「ひゃ……っ!」

 悲鳴をあげそうになり、思わず口を塞ぐ。
 そうだった、昨日、律と一緒に寝るって約束してしまったんだった……。
 昨夜は疲れていたからお互いすぐに寝てしまったけれど、改めて間近で律の寝顔を見ると綺麗で見惚れてしまうくらいだ。彰人さんと、似てる……かな?

(まつ毛、長……)

 私のシングルベッドに無理やり大人二人が横になれば、必然と距離は近くなってしまうわけで……。あまりの至近距離に、どきんと胸が鳴る。
 いや、いやいやいや。小さい頃はよく一緒に寝ていたじゃないの。
 義弟(おとうと)にときめくとか、ありえないから。
 自分の反応に驚いて、慌てて枕に顔をうずめた。
 律を、彰人さんと挟んで一緒に寝ていた頃を思い出す。

「ん……」
 
 律が少しだけ動き、明るい色の前髪がはらりと流れる。
 我に返って少しでも距離を取ろうとした、そのときだった。
 律の腕が、私の背中に回ってきて──
 
「え、ちょ、ちょっと……!?」

 ぎゅむ、と強めに抱き寄せられた。
 驚きのあまり変な声が漏れそうになるのを、なんとか飲み込む。
 律は目を覚ましている気配もなく、穏やかに呼吸している。
 寝息が、私の首元にふわりと触れた。
 くすぐったくて、思わず肩が跳ねる。

「律、ねえ、起きて……」 
「……ん……ねえ……さ……」
 
 完全に寝ぼけてる。
 抱きしめられている体勢のまま身動きできず、どうしていいかわからない。
 
「起きてってば……!」
「んー……」
 
 呼びかけても、起きる気配がない。
 けれど、抱きしめる力が少し強くなった気がした。
 律はただ私の肩に顎を寄せ、安心したように息を吐く。
 
(小さい頃も、そうだったな……)
 
 私や彰人さんの服を掴んで離れなくて、彰人さんと二人で笑って、「しょうがないなぁ」って言っていた、あの頃。懐かしさで胸がきゅっとなる。
 でも今は、あの頃とは違う。もう「しょうがない」で済む年齢じゃない。
 律の鼻が、すり……と首筋を撫でる。

「ひゃ……っ!」

 冷たさとくすぐったさで、今度こそ声が出てしまった。
 
「……律っ!」
 
 名前を呼ぶと、律のまつ毛がわずかに揺れた。
 ゆっくりと、薄く目を開ける。
 
「……あれ? ……姉さん?」

 今度こそ、起きてくれると思ったが、

「……なんだ、夢か」

 そう言って、今度は私の肩に顔をうずめる。
 
「もぉっ! 夢じゃないってば!」
 
 意識が戻る気配と同時に、私の腰に回っている腕も自覚したらしい。
 
「……え?」
 
 ゆっくりと顔を上げ、ぽかんとした顔。
 そして、次の瞬間。
 
「……っ、あっ、ご、ごめん!」
 
 慌てて飛び起きようとした律が、布団にもつれて余計に身体が密着してしまう。
 
「ちょ、ちょっと、落ち着いて!」
 
 思わず私も起き上がろうと身をよじった瞬間、二人の額がごつんとぶつかった。
 
「いっ……!」
「痛っ……!」
 
 お互い同時に額を押さえる。

「……ほんとだ、夢じゃない」

 律は、涙目になりながら苦笑した。

 
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