義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく【長編版】

17・律の秘密

 重苦しい応接室が、しんと静まり返る。
 私はソファに座ったまま、思わずテーブルを両手で叩いていた。
 湯呑みに残っていたお茶が、わずかに揺れる。

「律が、宝堂家の人間じゃないって──どういうことですか!?」

 自分でも驚くほど声を荒げてしまい、養父と軽井沢さんは困った表情で顔を見合わせる。

「菜月ちゃん、龍樹の奥さん……玲奈さんが亡くなったことは、知ってるよね?」
「はい。私がここへ引き取られる前に、病気で亡くなったと」

 そこまでは聞いていた。けれど、なぜ今その話が出るのか。
 小さく首を傾げていると、軽井沢さんは養父をチラリと見て、眉を下げた。
 
「龍樹はねぇ……その後に再婚してるんだよ」
「え……」

 思いもよらない回答に、今度は養父に視線を向ける。
 養父は、バツが悪そうに頭をかき、つぶやくように言った。
 
「その相手が、田口茉莉乃。玲奈の友人で、律の──母親だ」
「え……えっと……」
 
 意味はわかるのに、頭の中にうまく落ちてこない。
 
「つまり、律くんは茉莉乃さんの連れ子だったんだよ」

 軽井沢さんが補足してくれるが、言葉が見つからない。
 ただソファの上で固まったまま、口の中が乾いていく。

「……知りませんでした……だって、誰も何も……」

 彰人さんは当然知っていただろうし、内村さんも知っているはず。
 私だけが知らなかったことに少しだけ疎外感を抱く。
 けれど、同時にほっと胸のつかえが取れた。
 名前で呼び合っていたのは、そういうことだったんだ……。
 
「まあ、あえて言うことでもないからね。それに、別れ方がめちゃくちゃだったし」
「俊! そこまで言う必要はないだろう」

 養父の声が、わずかに荒くなる。知られたくない過去なのだろう。
 けれど、〝田口茉莉乃〟の名前を聞いた時の、律のあの態度は尋常ではなかった。
 それに、彰人さんを脅すような会話……。
 ここまできたら、もう、曖昧なままではいられない。
 
「お父様」

 姿勢を正して、養父に向き直る。
 
「こうなったら、全部話してください」
「いや、聞いて面白い話でもないし……」
「お父様っ!」

 ダンッ! と、先ほどよりも力強くテーブルを叩いた。
 掌にじんわりと痛みが伝わってくる。けれど、今はそんなことは気にしていられない。
 
「茉莉乃さんが、事件に関わっているかもしれないんですよ!? 私は……彰人さんの妻として、知る権利があると思います……!」

 目を潤ませ、唇を噛み締める。
 軽井沢さんが養父の肩に手を置いて、「龍樹……」と、促してくれた。
 少しの沈黙の後、養父は重い空気の中、観念したように口を開く。

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