クールな上司の〝かわいい〟秘密 ――恋が苦手なふたりは互いの気持ちに気づけない

プロローグ クールな上司の意外な一面

 今が特別嫌なわけじゃない。でも、あの頃思い描いていたような大人になれているかと言われたら、そうじゃない。
 恋も仕事も、理想とは違う現実を生きる毎日だ。

 だけど彼と仕事をするにつれ、私は変われると思い始めた。
 今、目の前にいる上司――智田(ともだ)茉寛(まひろ)SVとなら、仕事だけは。


 平日午前のショッピングモールは、お年寄りや赤ちゃん連れの家族などで、ゆったりと賑わっている。

「新商品のリネンシャツ、春のお出かけにいかがでしょうかー?」

 スタッフの売り込みの声を聞きながら、私、不動(ふどう)里咲(りさ)は店舗奥のミーティングルームで、智田SVと机を挟んで正対していた。

 彼は私が店長を務めるアパレルショップ『プレブロ』の近隣店舗を取りまとめるスーパーバイザー(SV)で、私の上司にあたる人物だ。
 今日もいつも通り、売上動向やスタッフ育成についてのフィードバックを受ける。

「それから――」

 いつもなら締めに入るだろうその時、智田SVは鞄から新たな資料を取り出した。

「不動店長の発案した売場改変案が本部を通り、これをもとに貴店をモデル店舗にすることが決まった」

 私に資料を差し出しながら、彼は淡々とそう言った。だか、いつも変わらない彼の表情が心なしか柔らかい気がする。

「本当ですか?」

 聞き返した時には、彼の表情はいつものものに戻っていた。癖毛な前髪の下の太い眉も、もう元の位置にある。

「ああ。四ヶ月後の秋冬展開を開始する頃に、この提案書を軸に貴店の売場改変をお願いしたい」

 彼の言葉を聞きながら、私は受け取った資料に目を移す。驚き、目を見開いた。

 それは私の提出した売場改変案だったのだが、そこには丁寧な赤い文字がびっしりと書き加えられていたのだ。

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