捨てられ仮面令嬢の純真

プロローグ

 ぐったりと長椅子に横たえられたのは若い女性だった。
 彼女の名はセレスティーヌ・ド・ヴァリエという。侯爵令嬢のセレスティーヌ――セレスは今、青ざめて気を失っていた。

 セレスの右頬は不思議なことに、レースの仮面で覆われている。それをのぞけばセレスは、上品で非の打ちどころがないご令嬢なのだが――。
 今その体は王国騎士の上着にくるまれており、大切な宝物のように扱われていた。

「何があって、こんな――」

 怒りをにじませつぶやいたのは、騎士団員のレオだった。
 ここは王家の私的なサンルーム。うららかな陽光があふれる部屋にあって、セレスの様子は痛々しかった。
 若く精悍な騎士であるレオは苦しげにセレスを見つめる。その瞳に燃える気持ちは――恋。だがそれは許されない気持ちだ。セレスは王太子の婚約者なのだから。

「――セレスティーヌ」

 思わず名を呼んだ。するとセレスのまぶたが開く。
 間近な(みどり)の瞳が悲しみに凍っていたことで、レオの呼吸はとまりそうになった。


 セレスが何故こうなったのか。
 それは数日をさかのぼる――――。

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