捨てられ仮面令嬢の純真

王太子からの婚約破棄


  ✻ ✻ ✻


 セレスは静かに茶器をテーブルに置いた。十八歳にしてセレスが作法を完璧にこなすのは、王太子婚約者としての努力の賜物。
 翠色の瞳と白金の髪が印象的なセレスだが、ひとつ奇妙な特徴がある。
 その顔の右半分が、不思議な仮面におおわれているのだ。

 白い布地に精緻な花模様の白いレースの仮面(マスク)
 ――これは、セレスの頬に刻まれた傷を隠すためのものだった。


 セレスがいるのは王宮のサンルームだ。春の陽が射し込む明るい窓辺は、王族のみが憩う私的な部屋。小じんまりして華美ではなくセレスの趣味にも合っているのだが、同席する人のおかげであまり居心地がよくなかった。
 目の前に座るのは王太子のリュシアン。セレスの婚約者だ。

「香り高いお茶ですのね、殿下」
「そうか」
「はい、とても。こちらの茶葉はどちらから献上されたのでしょう」
「知らん」

 リュシアンはいつものように不機嫌だった。
 セレスとは婚約者として最低限の関わりしか持とうとせず、冷淡なリュシアン。

(きっと私の顔の傷がお気に召さないのだわ)

 セレスはため息を飲み込んだ。
 愛されなくても仕方ないのだろう。だってセレスは「傷もの」だから。
 ――だけどその傷を負ったのは、リュシアンのせいなのに。


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