捨てられ仮面令嬢の純真
王太子からの婚約破棄
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セレスは静かに茶器をテーブルに置いた。十八歳にしてセレスが作法を完璧にこなすのは、王太子婚約者としての努力の賜物。
翠色の瞳と白金の髪が印象的なセレスだが、ひとつ奇妙な特徴がある。
その顔の右半分が、不思議な仮面におおわれているのだ。
白い布地に精緻な花模様の白いレースの仮面。
――これは、セレスの頬に刻まれた傷を隠すためのものだった。
セレスがいるのは王宮のサンルームだ。春の陽が射し込む明るい窓辺は、王族のみが憩う私的な部屋。小じんまりして華美ではなくセレスの趣味にも合っているのだが、同席する人のおかげであまり居心地がよくなかった。
目の前に座るのは王太子のリュシアン。セレスの婚約者だ。
「香り高いお茶ですのね、殿下」
「そうか」
「はい、とても。こちらの茶葉はどちらから献上されたのでしょう」
「知らん」
リュシアンはいつものように不機嫌だった。
セレスとは婚約者として最低限の関わりしか持とうとせず、冷淡なリュシアン。
(きっと私の顔の傷がお気に召さないのだわ)
セレスはため息を飲み込んだ。
愛されなくても仕方ないのだろう。だってセレスは「傷もの」だから。
――だけどその傷を負ったのは、リュシアンのせいなのに。