捨てられ仮面令嬢の純真
タルトシトロン
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ここは館の台所。あまり使用人の領分に立ち入るべきではないのだが、今日のセレスはそっとお邪魔していた。晩餐の仕込みが本格化する前の時間でデザートを作ろうとしているのだった。
「……レオさまも、甘いものを召し上がるのね」
「ふふふ、そうなんですよ奥さま」
「たくましい方なのに、なんだか可愛らしいわ」
夫のことを思い、セレスははにかんだ。
庭で手を握られてからもう数日。それ以上のことは何もないが、新婚夫婦はそっと視線を合わせたりはする。互いに照れてドギマギするだけだが。
寝室にそれぞれ引き取る前に、微妙なぎこちなさで「おやすみなさい」「ああ。おやすみ」と挨拶するのも日課になった。不甲斐ない主人にダニエルとアネットは「そこでもうひと押し!」と念を送っているが、届いていない。
今日の台所でセレスをサポートするのはアネットだ。夫婦仲のためなら、女主人が台所に入るぐらい仕方あるまい。
作るのはタルトシトロンだった。秋口とはいえまだ日中は暑さの残る頃にビッタリの、さわやかな菓子。
レオが昔から大好きなのだと聞いたセレスはつい、「子どもの頃、お菓子を焼いてみたいと思っていたの」と漏らしてしまった。
セレスは王太子と婚約する前、台所に忍び込みんで菓子作りをながめるのが好きだった。つまみ食いさせてもらえるのも嬉しかった。
まだ自由だった幼い時のそんな思い出は、幸せな甘い香りにいろどられている。