ここまでコケにされたのだから、そろそろ反撃しても許されますわよね?

第37話 過去の亡霊2

「く、来るな、アンドレアっ。お前は死んだんだ、来ないでくれ!」

 恐れおののく父親を前に、アンドレアは思わず吹き出しそうになった。
 エリーゼとマリーの見えないフリも、もちろん打ち合わせ済みの演技だった。
 ふたりが動かないのも時を止めたような演出だ。
 昔からケラー侯爵は幽霊話を極端に嫌っていた。
 それを思い出して立てた作戦だったが、ここまでハマるとは思っていなかったアンドレアだ。

「許さない……お父様……シュナイダー家に嫁がなければ……わたくしは死ぬことはなかったのに……」
「お、俺のせいではない! お前が嫁ぐと決めたのだろうっ」
「嘘ばっかり……お父様はわたくしを犠牲にしたくせに……」

 おどろおどろしい声で一歩一歩追い詰めるように近づいていく。
 ケラー侯爵は終いには尻もちをつき、壁際まで無様に後退していった。

「わたくし、知っているのよ……お父様が陰でポールをいいように操っていたことを……」
「そんなことはしていないっ」
「それだけではないわ……紳士クラブでの詐欺行為……恐喝……そして横領……」
「なっ、死んだお前がなにを証拠に……!」
「証拠ならお爺様に……わたくしが死ぬ直前にはもう……」
「な、なんだと、嘘を言うなっ」

 青ざめてケラー侯爵は唇を戦慄(わなな)かせた。

「お爺様は慈悲をくださったわ……ケラー侯爵の地位を退くか……死での裁きか……さぁ、どちらを選ぶの? ねぇ、お父様……?」
「ひぃっ」

 腕を掲げ、まっすぐにケラー侯爵を指さした。

「期限はわたくしの誕生日から一週間……それまでにお兄様に爵位を譲らなければ、お父様は王命で死刑が下る運命よ……」
「う、嘘をつくなぁ……!」

 目をぎらつかせたケラー侯爵が、アンドレアに向かって拳を振り上げた。

(しまったわ……!)

 やり過ぎてしまったかと、目をつぶりそうになる。
 ここで殴られては、アンドレアが幽霊でないことがバレてしまう。
 なんとか拳を躱そうと、アンドレアは後ろに下がって距離を取ろうとした。
 しかしまったく体が動かない。
 まるで金縛りにあったかのようだ。

(な、どうして……!)

 絶体絶命のピンチを迎えたそのとき、アンドレアはあたたかい何かに包まれた。
 後ろから誰かに抱きしめられている。
 そんな不思議な感覚だった。
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