ここまでコケにされたのだから、そろそろ反撃しても許されますわよね?

第38話 兆し

 帳簿を腕に抱え、家令は困り顔で佇んでいた。
 ポールに伺いを立てに来たが、先ほどからライラとのおしゃべりが止まらない。
 ソファで寛ぐふたりは、家令の存在を無視しているとしか思えなかった。

「ねぇ、ポール。ライラ、今度は青いドレスが欲しいの。それにこの前仕立てたドレスに合わせた宝石も必要よ」
「ドレスはもうそろそろいいんじゃないか?」
「何言ってるの、まだまだ足りないくらいだわ。だって結婚式が済んだら、あちこちの夜会に呼ばれることになるでしょう? ドレスは仕立てるのに時間がかかるし、同じものを二度も着るなんてライラは嫌よ」
「それもそうか。ライラは俺の妻だ。それ相応のものを揃えねばな」
「恐れながら旦那様、我が領の財源にそのような余裕はもう……」

 これ以上の出費は無理な話だと、さすがの家令もふたりの会話に割って入った。
 アンドレアがいなくなってから、ライラの散財を食い止められる者が誰もいない状態だ。
 やんわりとポールに伝えても、自分に任せておけば何も問題ないと返されるのみだった。

 小さな問題が放置され続け、すでに様々なことが複雑化してきている。
 財源の枯渇も含め、手の施しようのない事態に陥るのは時間の問題だ。
 既にその兆しは、各方面で見え始めていた。

「財源がなければ作り出せばいいだろう。お前のその頭は何のためについているんだ?」
「そのようにおっしゃられましても……」

 ポールの言葉をそのままそっくり返してやりたいが、家令の立場ではそれができるはずもない。

「仕方がないな。帳簿を見せてみろ」

 丁寧に差し出された帳簿を乱暴に奪い取ると、ポールはパラパラとページを適当にめくっていった。

「ああ、これがいい。この橋の架け替えの事業は予算がかかり過ぎだ。もっと低予算に……いや、いっそのこと時期を先送りにしろ」
「恐れながら、旦那様。この橋は老朽化が激しく崩落寸前でございます。シュナイダー領の主要街道であることも考えますと、この先何かあった場合、物流の遅延または停止が起こり我が領の経済活動に著しい大打撃を……」
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