副業家政婦の仕事に『元彼社長からの溺愛』は含まれていないはずなのに
03 彼からの指名
 いつものように本業の仕事を終えたあと、保育園まで紬を迎えに行った私は、急いで夕飯の準備に取り掛かった。
 家政婦の仕事が入っている日は毎日バタバタで、家で夕飯を食べたあとは、ひまわり夜間託児所へ娘を連れて行く。

 最初の頃は、「ママとはなれたくないーっ!」とよく泣いていた紬だったけれど、最近は託児所でも友だちができたようで、昔みたいにぐずることもなくなった。

 お気に入りのぬいぐるみを鞄に詰め、お夜食兼おやつでもある低カロリーのミニドーナツやお茶もリュックに詰めて、紬を託児所に預ける。

 紬と別れたあとは、ハートフル急便の事務所に向かうこともあれば、そのまま依頼人のところへ向かうこともある。
 タブレットは業務終わりに事務所まで返しに行くことが推奨されているが、定期的に依頼が入っているスタッフは持ち帰ることもしばしばで、基本的には自己管理だ。
 今回は既にタブレットを持っているため、私はそのまま依頼人の元へ向かうことになる。

 一応、直前で予約が取り消しになるかもしれないと期待してタブレットのメーラーを更新したけれど、彼からの依頼は依然として残ったままだった。

 行く前から気が重い……と、肩に掛けた鞄を掛け直し、マンションのエントランスにあるボタンで部屋番号を押し、インターホンを鳴らす。
 すると、重たい自動ドアが開いた。
 相変わらず、この段階で彼が声を発することはなく、居心地の悪さを感じながらも、彼が住む二五〇五室を目指す。

 途中、誰ともすれ違うことなく部屋の前まで来た私は、キャップを外すと、サッと手櫛で前髪を直した。
< 18 / 60 >

この作品をシェア

pagetop