離婚を切りだしたら無口な旦那様がしゃべるようになりました

18、信じて耐える

 結婚式前夜のマンブル伯爵邸では、使用人たちが忙しく動きまわっていた。
 そして、アリシアのいる部屋にはなぜか、伯爵が訪れていた。
 アリシアがちょうどひとりになったときを狙って来たようだ。

「お戻りください。今夜はお会いできないはずです」

 アリシアは自分に近づいてくる伯爵に向かって、後ずさりしながら訴えた。しかし伯爵はそんなことお構いなしで迫りくる。

「恥ずかしがらなくてもいいのだよ。可愛い花嫁よ」

 伯爵は脂ぎった額をてかてか光らせながら、にやにやと笑みを浮かべて近づいてくる。
 ぬっと伸びてきた分厚い手を見て、アリシアは身を翻して離れた。

「いひひっ……逃げても無駄だぞぉ」

 ぶるんと揺れる大きな体と汗ばんだ手が伸びてくるたびに、アリシアは身の毛がよだつ思いがした。
 腕に鳥肌が立ち、恐怖心に苛まれる。
 部屋の壁から壁へと逃げ惑っているうちに、簡易テーブルにぶつかってカップが落ちた。こぼれたお茶が絨毯に沁みわたる。
 アリシアがとっさにカップを拾おうとすると、伯爵の指先が髪に触れた。
 ぞわりと背筋が凍る思いがして、アリシアは思わず叫んだ。

「こ、来ないで」
「ほら、捕まえ……」

 伯爵がアリシアに抱きつこうとした瞬間、部屋の扉が勢いよく開いた。

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