離婚を切りだしたら無口な旦那様がしゃべるようになりました

7、夫と町へ出かける

 アリシアはその日の午前中に、最後の刺繍の品を終わらせた。
 ハンカチはもちろん、ベッドカバーやポーチ、ティーコージー(お茶が冷めないようにポットに被せる布)など、さまざまな品が揃っている。
 アリシアはうーんと背伸びをするとソファに深く腰かけた。

「お疲れ様です、アリシア様」

 エレナが紅茶を淹れてくれたので、それを飲んで休憩する。

「あら、そちらは?」

 エレナがちらりと目を向けた先には、刺繍がまだ途中になっているハンカチがあった。アリシアは慌ててそれを隠す。

「これはいいの。趣味だから」
「侯爵家の家紋ですね?」

 エレナは穏やかな表情でそう言った。
 まだ半分も刺繍されていないのに見抜かれてしまった。
 アリシアは慌てて言い訳を口にする。

「一応ね、ひとつくらいあってもいいかなと思って」
「素晴らしいですわ。きっと旦那様も喜ばれますわよ」
「彼にあげるつもりはないわ!」

 家門の刺繍入りのハンカチは貴族令嬢にとって特別なものだ。
 特にプレゼントする相手が男性なら、それは好意を示すもの。

「私は妻としての仕事を一つでもしておこうと思っただけよ」
「はいはい、わかりましたよ」

 エレナは口もとを押さえてクスクス笑った。

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