離婚を切りだしたら無口な旦那様がしゃべるようになりました

８、素性がばれた日

　アリシアは男の顔に見覚えがあるような気はしたが、客の顔をすべて記憶していないので名前はわからない。
　しかし食堂の客であることは間違いないだろう。

「間違いねぇ。メルアのとこの娘だ。あんた、なんで……？」

　男はアリシアの頭からつま先までじろじろ見ると、驚愕の表情から一変、怒気をはらんだ目に変わった。

「俺たちを騙していたのか！」

　周囲がざわめき、再び注目が集まる。
　アリシアの顔を覚えている者たちが、ひそひそ耳打ちを始めた。

「ほら、メルアの店の」
「あんないい服着て、貴族だったの？」

　アリシアは体を強張らせ、視線を落とした。どう説明すればいいかわからず、混乱と戸惑いで胸が詰まり、足が震える。
　すると、フィリクスがすっとアリシアの前に出た。

「この件に彼女は関係ない。俺たちだけで話し合おう」
「あんた、アリシアとどういう関係なんだ？」

　アリシアがとっさにフィリクスの袖を掴む。
　するとフィリクスはわずかに振り向いてから、もう一度男に向き直った。

「ここでは話せない。とりあえず、場所を移動しよう」
「話せないってどういうことだ！」

　男は逆上しており、話が通じない。
　それでも冷静に対応しようとするフェリクスの前に、別の青年が声をかけてきた。

「おい、どうした？　何をこんなところで騒いでいるんだ？」
「あっ、ディーン。聞いてくれよ」

　男がその名を口にした瞬間、アリシアはどきりと鼓動が跳ねた。

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