離婚を切りだしたら無口な旦那様がしゃべるようになりました

10、王都への旅

 感謝祭のあと、アリシアはどこかぼんやりとすることが増えた。
 刺繍をしていて針で指を刺してしまったり、紅茶をこぼしてしまったり。
 せっかく買った異国の本も、ページをめくっているうちに内容が頭に入らなくなってしまう。

 窓辺に座って外の景色をぼうっと眺める時間が多くなった。
 いつも思い出すのは花火の夜のこと。フィリクスの腕の中にいた、あの瞬間だ。

 あれは、彼にとってただの気遣いだったのかもしれない。
 ああするしかなかった状況だったのだと、何度も自分に言い聞かせても、心はざわつくばかり。

 フィリクスと食事をしているとも、彼の動きがいちいち気になってしまう。
 ナイフとフォークを持つ手。普段は意識したことなどなかったのに、その手が妙に大きく見えて、指が長くて……。
 その手にあの夜抱きしめられたのだと想像するたびに、羞恥に胸が焼ける。
 食事が喉を通らないほどで。

(私はなんて破廉恥なことを考えているのかしら)

 そんな自分が、嫌でたまらなかった。

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