45歳、妊娠しました

第11話 冷たい視線

週明けの朝。

オフィスに入った瞬間、美香は空気の違和感に気づいた。

周囲の視線が、ほんの一瞬、自分に集まる。すぐに逸らされるが、その一瞬が重い。



コピー機の前で立ち話をする同僚の声が耳に入る。

「やっぱりそうなんだって」

「でもさ、あのポジションで? プロジェクトどうするんだろ」

気づかないふりをして席に向かうが、胸の奥に小さな針が刺さったような痛みが残る。



その日の午後、部長に呼ばれた。

「佐藤さん、最近体調が優れないようだね」

「……ご心配ありがとうございます」

「いや、心配もあるが、正直困っているんだ。君は部の中核だ。後任を育てている暇もないし、プロジェクトも佳境だ。今、離脱されると非常にまずい」



冷たい、というより、現実的な言葉だった。

しかしそれは、美香にとって「あなたの妊娠は迷惑だ」と告げられたのと同じ意味に聞こえた。



「もちろん、私は責任を全うするつもりです」

笑顔をつくりながらそう答える。けれど、机に戻った瞬間、その笑顔は崩れ落ちそうになった。



パソコンの画面に映る数字がにじむ。

妊娠を抱えた自分に、果たしてキャリアを守りきれるのか。

答えはまだ見つからない。
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