45歳、妊娠しました

第12話 揺れる結衣

昼休みの教室。

友人たちと談笑していた結衣は、背後から聞こえたひそひそ声に気づいた。

「ねえ、佐藤ってさ、お母さん妊娠したんだって」

「え、マジ? だってもう…かなり年上でしょ?」

「ヤバくない? なんか恥ずかしいよね」



笑い混じりの声に、結衣の心臓が跳ねた。

振り返ると、クラスメイトの数人が視線をこちらに向けては、慌てて目を逸らす。



「……」

声が出なかった。

否定も肯定もできず、ただ机の端を爪でなぞる。



放課後、親友の真奈が心配そうに声をかけた。

「結衣、大丈夫? さっきの……」

結衣は笑おうとしたが、うまくいかない。

「別に。……ほんとに恥ずかしいだけ」



真奈は少し黙り、やさしく言った。

「でも、赤ちゃんができるのはいいことじゃん。結衣だって、お姉ちゃんになるんだよ」



その言葉に、胸の奥がちくりとした。

恥ずかしい、迷惑、そんな気持ちばかりが先に立っていたけれど——。

「お姉ちゃん」という響きが、心のどこかを揺らした。



家に帰ると、リビングで母が静かに書類を整理していた。

小さく見えるその背中を見て、結衣は思わず足を止める。

言いたいことはたくさんあるはずなのに、声は出なかった。



階段を上がりながら、心の中に芽生えたざらついた感情を、どう扱えばいいのか分からなかった。
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