45歳、妊娠しました

第19話 新しい働き方

週明けの朝、美香はいつもより早く出社した。

オフィスに着くとまだ数人しかおらず、静かな空気が流れていた。

窓の外から差し込む朝日を背に受けながら、人事部宛のメールを下書きに開く。



──「時短勤務の制度について相談したい」



その一文を打ち込む手は震えていた。

キャリアにしがみついてきた自分が、ついに後退するのではないか。

そんな思いが胸をよぎる。

けれど、もう一方で「守るべき命」を思うと、不思議と迷いは少なかった。



午前中の会議、部長が鋭い声を飛ばした。

「佐藤さん、この案件は君に任せたい」

一瞬、胸が高鳴る。

しかし同時に、プレッシャーがのしかかる。

「……申し訳ありません。実は、近く勤務形態の変更を検討しています」

会議室が静まり返った。



その場では詳しく言えなかったが、午後に部長室へ呼ばれた。

「どういうことだ?」

「妊娠しました。しばらくはフル稼働できません。ただ、できる範囲で責任は果たしたいんです」

沈黙ののち、部長は深いため息をついた。

「……正直、痛い。だが、君がここまで会社に尽くしてくれたのは事実だ。制度を使え。戻ってくる気があるなら、席は残しておく」



その言葉に、美香は深く頭を下げた。



帰宅後、リビングで結衣が宿題をしていた。

「どうだった、会社?」

「うん……少し道が開けた気がする」

答える美香の声は、自分でも驚くほど穏やかだった。



夜、布団に入りながら、胎動を感じた。

小さな鼓動が「大丈夫」と言っているようで、美香は目を閉じた。

新しい働き方、新しい生き方が、少しずつ形になり始めていた。



< 19 / 51 >

この作品をシェア

pagetop