45歳、妊娠しました

第25話 父親の準備

週末の午後。

リビングの片隅で、健一がノートパソコンを開き、真剣な表情で画面を見つめていた。



「……抱っこ紐って、種類こんなにあるのか」

画面には色とりどりのベビー用品。

使い方の動画を見ながら、慣れない手つきで抱っこ紐を試す父親たちの姿が映し出されている。



買い物袋を抱えて帰宅した美香は、その様子に思わず吹き出した。

「何してるの?」

「いや……昔はこういうの、ほとんど俺が触ることなかったからな。今度はちゃんと準備しておこうと思って」



美香は思わず胸が温かくなった。

19年前、結衣を育てていた頃、育児のほとんどは自分が担っていた。

健一は仕事に追われ、家のことに深く関わる余裕はなかった。

──でも、今回は違う。



「頼もしいわね」

そう言うと、健一は少し照れたように笑った。

「いや、まだまだ分からないことばっかりだ。…でも、美香に全部任せきりにはしたくないんだ」



その夜、夕食後の食卓で、健一が突然口を開いた。

「なあ結衣、赤ちゃんが生まれたらさ、俺が料理や家事、もう少しやろうと思ってるんだ。だからお前も……」



結衣は少し驚いたように父を見た。

「パパが料理? 想像できないんだけど」

「失礼だな。炒め物くらいできる」

そう言って笑う健一に、久しぶりに家族の笑い声が広がった。



その光景を見つめながら、美香は思った。

──家族みんなが少しずつ変わろうとしている。

この子を迎える準備は、着実に進んでいるのだ。

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