45歳、妊娠しました

第28話 迫る影

秋風が心地よくなってきた十月の朝。

美香は診察台の上で血圧計の数値を見つめ、息をのんだ。

表示された数字は、以前より明らかに高い。



医師はカルテに目を落としながら、落ち着いた声で言った。

「佐藤さん、妊娠高血圧症候群の兆候があります。念のため、しばらく入院して経過を見ましょう」



──入院。

その言葉が頭の中で響き続けた。



診察室を出ると、待合室にいた健一が立ち上がった。

「どうだった?」

「……しばらく入院しないといけないって」

美香の声は自然と小さくなった。



健一は眉を寄せ、すぐに手を握った。

「わかった。俺、会社に連絡して、できるだけ動けるようにするから」



その日の夜。

病室のベッドに横たわりながら、天井を見つめていた美香の頭に浮かぶのは、家に残した結衣のことだった。

予備校に通いながら、家事まで任せることになるのだろうか。

「ごめんね……」と、まだ見ぬ弟に心の中で呟いた。



その頃、家では結衣が夕食のテーブルに座っていた。

向かいに座る健一は、いつになく真剣な顔をしていた。

「ママが入院することになった。結衣、お前の負担が増えるかもしれないけど……」



結衣は箸を握ったまま黙り込んだ。

頭の中には「受験」「ママの体調」「赤ちゃん」……色々なことが渦巻いていた。



だが、ふと母の姿が脳裏に浮かんだ。

大きなお腹を抱え、疲れた顔をしても笑顔を忘れなかった母。

結衣は小さく頷いた。

「……わかった。私、やるから」



その答えに、健一は目を潤ませた。

──家族全員で、この試練を乗り越えるしかない。



病室の窓から見える夜空には、秋の星が静かに瞬いていた。

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