45歳、妊娠しました

第30話 隣のベッドの彼女

入院生活も一週間が過ぎた。

点滴の管につながれ、血圧の数値を確認される毎日。

美香は病室の天井を見つめながら、時折ため息をついていた。



そんなある日、看護師に付き添われて新しい患者が隣のベッドにやってきた。

明るい声で「よろしくお願いします」と挨拶したのは、少し年下に見える女性だった。



「私は高橋真理子、42歳です。初めての妊娠で、色々と不安だらけで……」

彼女はにこやかに笑いながら自己紹介した。



美香も自然と微笑んで答えた。

「佐藤美香です。……私は二人目なんですけど、まさかこの年齢でまた妊娠するなんて思ってなくて」



その一言で、二人の間にすぐに親近感が芽生えた。





夜、消灯後の薄暗い病室。

カーテン越しに真理子の声が聞こえた。



「美香さん、正直に言うとね……私、周りから“無謀だ”ってずっと言われてきたんです。

『もう諦めたら?』って。だけど諦めきれなくて」



彼女の声は震えていた。

「だから今こうして入院になって、不安で仕方ないけど……それでも、この子に会いたいって思っちゃうんです」



美香はしばらく黙って聞いていた。

真理子の言葉は、自分の心の奥にある感情と重なっていた。



──私も、そう。

社会の目、家族の反応、キャリアへの影響……色んな不安がある。

でも結局、心の底から湧いてくるのは「この子を抱きたい」という願いだった。



「……わかります」

美香は小さく答えた。

「大変なことはいっぱいあるけど、それでも……会いたいんですよね」



カーテン越しに、二人の静かな笑い声が交わされた。









翌朝。

看護師が巡回に来たとき、二人はすでに並んで会話をしていた。

真理子が「ここに来てから、少し元気になりました」と笑うと、美香も自然と笑顔になった。



──病院での生活も、悪くないかもしれない。

そう思える瞬間が、美香の心に確かに訪れていた。

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