45歳、妊娠しました

第31話 揺れる受験生の心

リビングのテーブルに山積みになった参考書。

その横で結衣は鉛筆を握りしめたまま、真っ白なノートを前に固まっていた。



「……集中できない」

思わず声に出してしまう。



母がいない家は、こんなにも静かで、こんなにも広く感じるのかと気づかされる。

ふと視線を上げると、キッチンには昨夜使ったフライパンが置きっぱなしになっていた。

「仕方ないか……」

立ち上がり、片付けを始める。





夕方、予備校から帰宅すると、父・健一がスーツ姿のまま洗濯物を取り込んでいた。

「おかえり。疲れたろ」

「うん……」



健一は微笑みながらも、目の下にはうっすらとクマができている。

仕事と家事の両立が決して楽ではないのは、娘の目にも明らかだった。



「パパ、洗濯は私がやるよ。パパは夕飯の準備して」

「いいのか? お前だって受験生だろ」

「大丈夫。……ママに心配かけたくないから」



結衣の言葉に健一は一瞬黙り、ゆっくりと頷いた。









夜。

部屋で勉強していた結衣は、ふと机の引き出しを開けた。

そこには中学の頃に母からもらった手紙がしまってあった。



「結衣へ。努力することは時に苦しいけど、その先には必ず自分の未来があるよ」







便箋の文字を指でなぞりながら、胸の奥がじんわりと熱くなる。

──ママだって、今、自分の未来を懸けて頑張ってるんだ。

私も逃げちゃいけない。



涙を拭い、結衣は再びペンを握った。

「よし……もう一回やろう」



机の上に積み上げられた参考書に向き合うその瞳には、確かな決意が宿っていた。

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