45歳、妊娠しました

第35話 迫られる選択

深夜の産科病棟。モニターの電子音が規則的に響く中、美香は病室のベッドに横たわり、汗ばむ額に手をあてていた。



 ──ズキン、とお腹を締めつける痛み。



 予定日よりも二週間以上早い。しかも、美香は妊娠高血圧症候群で既に入院しており、医師の監視下にあった。



「……先生、また……お腹が……」

 弱々しい声に、ナースコールを押した看護師がすぐに駆けつける。



 モニターを確認した助産師が顔を引き締めた。

「陣痛が始まっているかもしれません。すぐに先生を呼びますね」



 その言葉と同時に、慌てて駆け込んできたのは健一だった。

「美香!」

 続いて、夜間にもかかわらず駆けつけた結衣が顔をのぞき込む。

「お母さん、大丈夫?」



 美香は苦しげに微笑んだ。

「ごめんね……心配かけて……」



 そこへ主治医が入り、表情を改める。

「妊娠高血圧症に加え、予定より早い陣痛が始まっています。母体にも赤ちゃんにもリスクがあります」



 健一と結衣は一斉に顔を上げた。

「リスク……?」



「はい。血圧が高い状態で陣痛が進めば、母体の合併症も増えます。赤ちゃんも低体重で、呼吸の準備が整っていない可能性があります」



 病室の空気が一瞬にして張りつめた。



「──選択肢は二つです」

 医師は静かに続けた。

「陣痛を進めて自然分娩を試みるか、母体への負担を考えて帝王切開に切り替えるか。緊急の判断が必要です」



 健一は固く拳を握りしめ、美香の手を取った。

「美香……どうしたい?」



 美香は苦しそうに息を整えながら、隣の結衣を見た。娘の瞳は涙で揺れている。

「ママ……赤ちゃんも、ママも、無事でいてほしい……」



 その言葉が、美香の胸に響いた。

 彼女の視線は再び健一へと向かう。家族で、今この瞬間に答えを出さなければならなかった。



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